最新記事

日本経済

日本の「給料安すぎ問題」の意外すぎる悪影響 日本経済の歪みの根本にある「monopsony」とは

2020年6月29日(月)17時45分
デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長) *東洋経済オンラインからの転載

モノプソニーの弊害6:女性活躍が進まない
モノプソニーの力がどれだけ強く働くかは、労使の交渉力の差によって決まります。そのため、モノプソニーの影響は労働者全員に均一に現れるのではなく、特定の属性に偏ると考えられます。

世界中の調査で、モノプソニーの影響をもっとも顕著に受けるのは女性であることが確認されています。特に子育て中の女性は、残業ができない、休みが多くなりやすいなどの理由から、雇用主に対する交渉力が大きく低下するので、モノプソニーの力がより強く働きます。

「新モノプソニー論」では、モノプソニーの力が強く生産性の低い業種に、女性労働者が集まる傾向が見られるとされています。実際に日本もそのとおりになっています。

事実、日本で最低賃金で働いている人の男女比率を見ると、15~29歳ではほとんど差がありませんが、30代になると急激に女性の比率が高くなります。年齢が上がるとその傾向はさらに顕著になり、40~49歳の場合、約9割が女性で占められます。

新古典派経済学を信奉している人は、「最低賃金で働かざるをえないのは、スキルが低いのが理由だ。需要と供給の関係で低賃金になるのだから、自己責任だ」と主張しますが、私はこの考え方には大きな違和感を覚えます。

普通に考えれば、30歳を超えた途端に、女性のスキルだけが一気に低下することなどありえません。こんなことは、誰がどういう理屈を並べても、正当化するのは不可能です。交渉力が弱まるために賃金が低くなってしまうというモノプソニーの説明のほうが、何倍も論理的でしょう。

日本でモノプソニーの力が強まった理由

モノプソニーの最大の弊害は、財政の悪化と社会の衰退です。

日本では、モノプソニーの力が強まりやすいサービス業が中心の産業構造になったところに、セーフティーネットの整備もしないで、非正規雇用者を増やすよう規制緩和をしてしまいました。これが、モノプソニーの影響が増大した主因だと分析されています。

この政策が招いたのが、産業構造のさらなる歪みであり、国民の貧困であり、生産性が世界第28位に低迷するという結果なのです。

モノプソニーの力が働くと、企業は本来よりも過剰な利益を稼ぐことになります。しかし、企業に生じるメリットは、労働者が被るマイナス分よりも小さいとされています。結果として、個人消費の減少を招き、国の税収も低減してしまうので、社会全体に大きなダメージが生じるのです。

振り返ってみれば、労働市場を緩和し、非正規雇用を拡大したときが転換点でした。あのとき、企業の力が強くなりすぎないように、同時に最低賃金を引き上げる政策を打たなかったのが、決定的なミスだったのです。

books20200629.jpg今回のコロナとは関係なく、日本の中長期的な将来を考えれば、企業の統廃合を進め、ドイツのように中堅企業と大企業で働く労働人口の比率を高めることが求められます。このようにモノプソニーの力を抑える産業構造を実現するためには、継続的な最低賃金引き上げが必要なのです。

最低賃金を段階的に引き上げて、モノプソニーによって生じている歪みを修正するしか、国民生活の回復はないと思います。

※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。
toyokeizai_logo200.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ人道危機報告、バイデン政権高官に届かず 米大使

ワールド

日韓防衛相、協力強化で合意 横須賀で会談

ビジネス

金利上昇を注視、機動対応にはまだ距離 買い入れ減額

ビジネス

野村HD、10-12月期純利益は一時費用で10%減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 7
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 8
    日本経済を中国市場から切り離すべきなのか
  • 9
    配達ライダーを飲み込んだ深さ20メートルの穴 日本…
  • 10
    日本はすでに世界第4位の移民受け入れ国...実は開放…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 8
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中