最新記事

日本経済

日本の「給料安すぎ問題」の意外すぎる悪影響 日本経済の歪みの根本にある「monopsony」とは

2020年6月29日(月)17時45分
デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長) *東洋経済オンラインからの転載

newsweek_20200629_160410.jpg

労働力を「安く買い叩く」ことは、巡り巡って経営者自身の首を絞めることにもなる、と主張するデービッド・アトキンソン氏。(撮影:尾形文繁)

モノプソニーの弊害2:輸出率が低下する
企業が継続的に輸出をするためには、高い生産性が求められます。例外はありますが、高い生産性を実現するには一定の規模が必要です。ドイツの研究によると、輸出をするためには平均して160人前後の規模が必要だそうです。

しかし、モノプソニーの力が働き、企業の平均規模が小さくなると、輸出できる企業が減ってしまいます。事実、日本は輸出総額では世界第4位ですが、対GDP比では世界第160位と、著しく低いランキングに留まっています。「日本は輸出大国」と思い込んでいる人が多いのですが、それは大きな誤解です。

技術力は高いのに「普及しない」わけ

モノプソニーの弊害3:最先端技術の普及が進まない
優秀な人材を安く雇用できると、機械化したり最先端技術を導入したりする動機が低下します。わざわざ最先端技術を導入しなくても、優秀な社員たちに任せておけばなんとかなる......と経営者は考えがちだからです。

また、企業の規模が小さいほど、当然、最先端技術を導入するためのコストを払う余裕が少なくなります。仮に最先端技術を導入したとしても、人材に乏しく、ビジネスの規模も小さいので、十分に活用するのが難しくなります。実際、世界的に見ても、規模の小さい企業ほどAIなどの最先端技術の普及率が低いことが確認できます。

また、商工会議所が2020年3月に実施した調査で、テレワークの導入率は従業員数300人以上の企業の場合57.1%、50人以上300人未満の企業が28.2%、50人未満だと14.4%となっています。規模が大きい企業ほどテレワークが可能なのに規模の小さい企業が多いという、構造的な弊害を確認することができます。

輸出も、研究開発も、社員教育も、規模が小さい企業ほど実現できていない傾向が顕著に見られます。

モノプソニーの弊害4:格差が拡大する
モノプソニーの影響が強くなっても、高学歴の人など、労働市場での交渉力が強い層の所得にはほとんど影響がありません。一方、交渉力の弱い層の賃金は低く抑えられるので、両者の格差は大きくなります。

実際、各国の格差を表すGINI指数で見ると、主要先進国の中で、日本は世界一の格差大国であるアメリカに次いで大きな格差が生じています。

モノプソニーの弊害5:サービス業の生産性が低くなる
さまざまな研究の結果、モノプソニーの力が働きやすい業種と、働きにくい業種があることがわかっています。特に、飲食、宿泊、小売、教育、医療においてモノプソニーの力が強く働くことが、世界的に確認されています。

これらの業種は他国の企業との競争はほとんどないうえ、労働集約型になりやすいという特徴があります。そのため、人を雇用するコストが低いと、ICT技術を活用するインセンティブが働きにくくなり、モノプソニーが強くなるとされています。

これを逆に考えて、その国でモノプソニーの力がどれほど強く働いているかを、これらの業種の生産性で確認することができます。これらの業種の生産性が低いほど、モノプソニーの力が強いとされています。

実際、さきほど挙げた業種が日本全体の生産性の足を引っ張っているのは明らかです。具体的には、日本全体の生産性が546万円なのに対し、生産性が低い順に宿泊・飲食が194万円、教育が207万円、医療・福祉が289万円、サービス業が330万円、生活関連が338万円、小売業が365万円となっています(『中小企業白書 2019年版』より)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃

ワールド

シリアで米兵ら3人死亡、ISの攻撃か トランプ氏が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 9
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 10
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中