「低賃金時代はもう終わる」
アパレル企業は自発的に賃金を引き上げるべきだとチャーニーが主張するのにはさまざまな理由がある。
第1に、世界は変化している。途上国の賃金上昇で低賃金戦略の実入りは既に減り始め、今後さらに先細りする可能性がある。世界的な成長が続けば、いずれ欧米と同じように世界中どこへいっても賃金の差はなくなるだろう。「メーン州だって昔は人件費が安かった」
多くの衣料品工場がより安い労働力を求めて既に中国を離れている。現在労働力の安い地域が中流社会になる日もそう遠くないだろう。「いま韓国にいるんだが、40年前の写真を見れば貧しかった社会がどんどん豊かになっているのが分かる」
アパレル企業が搾取を控えても、消費者は大して気に留めない。「販促効果を期待しているなら、あいにく効果は1%程度だ」。それでも相場以上の賃金を払えば、従業員も経営者も仕事への自信と誇りが増すはずだ。
「多くの教養ある実業家は、搾取に加担するのを躊躇するだろう」とチャーニーは言う。
「私はカナダ出身の若い起業家だ。ドラッグやパーティーのプロモーションを商売にすることもできた。でもヘロインを売っても誰のためにもならない。自分の利益は主張したいが他人を傷つけたくはない。誰だってできれば邪悪にはなりたくないさ。いい気持ちはしないから」。
劣悪な環境で働かせて、時給20セントしか払わない企業を経営するのも、いい気持ちはしないだろう。
コスト削減は賃金以外で
結局は高い賃金を払うことが企業の生き残りにプラスに働くと、チャーニーは言う。不利になるのを覚悟でライバルよりも高い賃金を払う企業は、人件費以外の部分でコスト削減に努める必要がある。
「安い労働力を必要としないデザインにしなくてはならない。ボタンの数を減らすとか細部を省くとか」。靴なら革を一部ポリウレタンに変える、靴ひもにシルクを使わないなどだ。
低賃金労働者の賃金を引き上げるには、店長やマーケティング担当者や流通・販売担当者など高賃金の社員がより知的・効率的に働いて、稼ぎを増やさなければならない。「ブルーカラーよりもホワイトカラーのプレッシャーが大きい」
もちろんビジネスはビジネス。アメリカンアパレルの垂直統合戦略は必ずしもよいビジネスモデルとは言い切れない。多くの企業と同様、景気後退で大幅な損失を計上。09年にはオバマ政権の不法移民一掃で、従業員の4分の1近くを解雇せざるを得なかった。
12年の売り上げは6億1700万ドルに達したが利ざやは非常に薄い。第4四半期にはなんとか490万ドルの黒字を達成したが、通年では赤字だった。借入金利もかさんでいる。
アメリカンアパレルは時価総額2億1000万ドル前後の中小企業。それでも過去2年間の株価は小売りチェーン大手のウォルマート並みに堅調だ。
黒字であれ赤字であれ、業績の良し悪しを労働コストのせいにするべきではない、とチャーニーは言う。より高い賃金を払っても、低賃金のライバルに価格で太刀打ちできる。
「私が採算性向上のために取り組むのは製造コストを抑えることじゃない。物流や店舗経営や組織の改善──ホワイトカラーの問題だ。この業界の競争の激しさは半端じゃない」
[2013年5月28日号掲載]