最新記事

雇用

「低賃金時代はもう終わる」

2013年6月24日(月)16時30分
ダニエル・グロス

 アパレル企業は自発的に賃金を引き上げるべきだとチャーニーが主張するのにはさまざまな理由がある。

 第1に、世界は変化している。途上国の賃金上昇で低賃金戦略の実入りは既に減り始め、今後さらに先細りする可能性がある。世界的な成長が続けば、いずれ欧米と同じように世界中どこへいっても賃金の差はなくなるだろう。「メーン州だって昔は人件費が安かった」

 多くの衣料品工場がより安い労働力を求めて既に中国を離れている。現在労働力の安い地域が中流社会になる日もそう遠くないだろう。「いま韓国にいるんだが、40年前の写真を見れば貧しかった社会がどんどん豊かになっているのが分かる」

 アパレル企業が搾取を控えても、消費者は大して気に留めない。「販促効果を期待しているなら、あいにく効果は1%程度だ」。それでも相場以上の賃金を払えば、従業員も経営者も仕事への自信と誇りが増すはずだ。

「多くの教養ある実業家は、搾取に加担するのを躊躇するだろう」とチャーニーは言う。

「私はカナダ出身の若い起業家だ。ドラッグやパーティーのプロモーションを商売にすることもできた。でもヘロインを売っても誰のためにもならない。自分の利益は主張したいが他人を傷つけたくはない。誰だってできれば邪悪にはなりたくないさ。いい気持ちはしないから」。

 劣悪な環境で働かせて、時給20セントしか払わない企業を経営するのも、いい気持ちはしないだろう。

コスト削減は賃金以外で

 結局は高い賃金を払うことが企業の生き残りにプラスに働くと、チャーニーは言う。不利になるのを覚悟でライバルよりも高い賃金を払う企業は、人件費以外の部分でコスト削減に努める必要がある。

「安い労働力を必要としないデザインにしなくてはならない。ボタンの数を減らすとか細部を省くとか」。靴なら革を一部ポリウレタンに変える、靴ひもにシルクを使わないなどだ。

 低賃金労働者の賃金を引き上げるには、店長やマーケティング担当者や流通・販売担当者など高賃金の社員がより知的・効率的に働いて、稼ぎを増やさなければならない。「ブルーカラーよりもホワイトカラーのプレッシャーが大きい」

 もちろんビジネスはビジネス。アメリカンアパレルの垂直統合戦略は必ずしもよいビジネスモデルとは言い切れない。多くの企業と同様、景気後退で大幅な損失を計上。09年にはオバマ政権の不法移民一掃で、従業員の4分の1近くを解雇せざるを得なかった。

 12年の売り上げは6億1700万ドルに達したが利ざやは非常に薄い。第4四半期にはなんとか490万ドルの黒字を達成したが、通年では赤字だった。借入金利もかさんでいる。

 アメリカンアパレルは時価総額2億1000万ドル前後の中小企業。それでも過去2年間の株価は小売りチェーン大手のウォルマート並みに堅調だ。

 黒字であれ赤字であれ、業績の良し悪しを労働コストのせいにするべきではない、とチャーニーは言う。より高い賃金を払っても、低賃金のライバルに価格で太刀打ちできる。

「私が採算性向上のために取り組むのは製造コストを抑えることじゃない。物流や店舗経営や組織の改善──ホワイトカラーの問題だ。この業界の競争の激しさは半端じゃない」

[2013年5月28日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中