最新記事

貿易

得か? 損か?日本を惑わすTPP恐怖症

2013年4月24日(水)18時03分
ピーター・ペトリ(米ブランダイス大学教授)
マイケル・プラマー(米ジョンズ・ホプキンズ大学教授)

参加国拡大のメリット

 とはいえ、日本政府の試算が慎重になり、最も明確で分かりやすい影響しか考慮しないのも理解できる。もちろん、われわれの試算も正しいとは断言できない(プラスマイナス30%程度の誤差はあり得る)。それでも日本政府の数字が、TPPが日本にもたらすであろうメリットを過小評価していることは、間違いないだろう。
 
 日本のTPP参加は、世界的にも前向きな影響をもたらすだろう。TPPの交渉参加国は競い合うように拡大してきた。始まりは4つの小国(ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポール)だったが、今や12カ国が交渉に臨む。

 韓国やフィリピン、タイ、インドネシアも日本に続く可能性があり、ほかにも数カ国が関心を示している。多くの国が加われば、アメリカが交渉を牛耳ることも防げる。

 さらにTPP拡大は、他の自由貿易圏構想に拍車を掛ける役割も果たしてきた。
昨年11月、ASEAN(東南アジア諸国連合)に日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた16カ国で広域経済圏の創設を目指す、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の正式交渉が始まった。今年2月には、米欧の自由貿易協定(FTA)の交渉開始も宣言された。

 3つを合わせると世界のGDPの77%を占めるメガ貿易交渉が、いつの間にか同時進行することになっていたわけだ。これは国際貿易の新たなトレンドと言っていい。過去20年ほどは小規模な2国間合意がいくつも結ばれてきたが、その小さな合意をまとめ上げる動きが始まったのだ。

 このメガ交渉に参加しなければ、日本はグローバルなルール作りから取り残されることになる。国際貿易システムにおいては、立ち止まるのは後退するのと同じだ。日本がTPPや日欧経済連携協定(EPA)への交渉不参加を決めていたら、日本は多くの貿易や投資を逃すことになっただろう。

根強い事実無根の懸念

 だが日本国内にはTPPに対して根強い懸念がある(誇張されているきらいもあるが)。人間誰しも変化に不安を覚えるのは当然だが、農業団体の反発はそのレベルを超えている。

 なぜそれが日本全体の通商政策にここまで影響を与えるのか理解するのは難しい。農業が日本経済に占める割合は1%にすぎない。日本経済の未来を左右するのはトヨタ自動車や日立製作所、ユニクロといったグローバルプレーヤーと、無数の小さな技術革新型企業だ。

 われわれの試算だけでなく、OECD(経済協力開発機構)の研究も、同様の結論を導き出している。TPPに参加することで日本の農業は高級果物や野菜、生花、有機栽培品、さらには農業ツーリズムなどの分野で大きな成長を見込めると予測している。

 それに、日本の農業はいくつかの重要領域で障壁を一部維持して、農業全体へのダメージを緩やかなものに抑えることもできる。たとえTPP参加で痛手を受ける人がいても、他の分野で得られる大きな恩恵によって手厚い補償を得られるはずだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中