「よそ者」BPを襲う偏見の波
営々と築いてきた「世界市民」の顔も一旦危機が起これば元の木阿弥。差別的懲罰を回避するための教訓は
異人丸出し 米議会での完璧なイギリス紳士ぶりがかえって鼻に付いたヘイワード は、10月に引責辞任することに(写真は、6月17日に議会証言を行った時のもの) Kevin Lamarque-Reuters
大企業は普通、たとえ純然たるアメリカ企業であったとしても、世界市民として自社を印象付けたがる。当然だろう。先進国の多国籍企業はほとんどの場合、売り上げの大半と成長のほぼすべてを国外市場に依存している。
世界50カ国で事業を展開するドイツテレコムは、もはやドイツ企業とは言い難い。アメリカを象徴する企業でも、実態は国際企業だ。コカ・コーラ社の会長兼CEO(最高経営責任者)ムフタル・ケントはトルコの外交官を父に持ち、イギリスで教育を受け、キャリアのかなりの部分を国外で過ごした。コークの売り上げも、約75%は北米以外の市場のものだ。
アメリカの大企業なら、売り上げの半分を国外で稼ぐのはもう当たり前。「今では、国籍を持つと言える大企業はほとんどない」と、ワシントンのコンサルティング会社ガーテン・ロスコフのデービッド・ロスコフCEOは言う。
企業が社名をアルファベットの頭文字だけにすることが多いのも、世界の消費者に対してより無国籍な顔を見せたいためだ。旧アメリカ電信電話会社はAT&Tになり、香港上海銀行はHSBCホールディングスの傘下に入った。
国名や都市名を外すのは、グローバル化が進んだ今でも、愛国心が消費者の行動に大きな影響を与えるから。そして一旦事が起これば、外国企業に対する偏見と反発が一気に噴出しかねない。それが、イギリスの巨大石油会社で旧ブリティッシュ・ペトロリアムのBPが痛い思いをしていま学んでいる教訓だ。
他の多国籍企業と同様、BPは近年その植民地主義的な企業イメージを世界市民的なイメージに転換しようとしてきた。国際事業の拡大やアモコなど米石油会社との合併を通じて、イギリス色は実際に薄まってきた。世界100カ国で事業を行うBPは、そのウェブサイトにこううたっている。「BPグループはアメリカで最大の石油・ガス生産者であり、ガソリン販売でも上位の1社です」
だが4月20日、米南部ルイジアナ州沖のBPの石油掘削基地ディープウオーター・ホライズンで爆発事故が起き、原油がメキシコ湾に流出し始めると、アメリカ人にとってのBPは、突如ウィンブルドンと同じくらいイギリス的で、楕円形でないボールを使うフットボール(サッカー)と同じくらい異質なものになった。このため、消費者や政治家からはアメリカ企業以上に厳しい扱いを受けかねなくなった。
BPの首脳陣は6月16日、バラク・オバマ米大統領とホワイトハウスで会談した。事故から2カ月たっても原油流出が止まらず被害拡大が続き、BPにもオバマにも米国民の怒りが高まるなかでの注目の会談だった。
終了後の記者会見でBPは、被害補償のため第三者が管理する特別預託口座へ補償原資200億ドルを拠出すると発表した。オバマからすれば、補償のための資金を確保するとともに、資金管理をBPでなく第三者に委ねることで、遅滞なく支払いを行わせる仕組みだ。
急に「英国石油」呼ばわり
口座の管理者には有力弁護士ケネス・ファインバーグを充てる。9・11テロ犠牲者の補償基金も監督するなど、注目度の高い調停を数多く手掛けてきた。「この200億ドルは、被害を受けた地域住民と企業に対して確実に補償が行われることを保証するものだ」と、声明でオバマは強調した。一方で「これは補償額の上限ではない」とし、「BPが補償責任を最後まで果たすことを約束する」と述べた。
一方BPは、補償金を一括ではなく分割で払えることになった。事故後、巨額補償を織り込んで株価がほぼ半分になっていたBPにとっては久々の好材料ではあった。
危機が起こると、多国籍企業は本国に引きこもりに戻りがちになる。進出先の国々が味方をしてくれるわけもなく、本国に回帰する以外に方法がなくなるからだ。