最新記事

企業不祥事

「よそ者」BPを襲う偏見の波

営々と築いてきた「世界市民」の顔も一旦危機が起これば元の木阿弥。差別的懲罰を回避するための教訓は

2010年7月27日(火)16時09分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)、デービッド・グレアム

異人丸出し 米議会での完璧なイギリス紳士ぶりがかえって鼻に付いたヘイワード は、10月に引責辞任することに(写真は、6月17日に議会証言を行った時のもの) Kevin Lamarque-Reuters

 大企業は普通、たとえ純然たるアメリカ企業であったとしても、世界市民として自社を印象付けたがる。当然だろう。先進国の多国籍企業はほとんどの場合、売り上げの大半と成長のほぼすべてを国外市場に依存している。

 世界50カ国で事業を展開するドイツテレコムは、もはやドイツ企業とは言い難い。アメリカを象徴する企業でも、実態は国際企業だ。コカ・コーラ社の会長兼CEO(最高経営責任者)ムフタル・ケントはトルコの外交官を父に持ち、イギリスで教育を受け、キャリアのかなりの部分を国外で過ごした。コークの売り上げも、約75%は北米以外の市場のものだ。

 アメリカの大企業なら、売り上げの半分を国外で稼ぐのはもう当たり前。「今では、国籍を持つと言える大企業はほとんどない」と、ワシントンのコンサルティング会社ガーテン・ロスコフのデービッド・ロスコフCEOは言う。

 企業が社名をアルファベットの頭文字だけにすることが多いのも、世界の消費者に対してより無国籍な顔を見せたいためだ。旧アメリカ電信電話会社はAT&Tになり、香港上海銀行はHSBCホールディングスの傘下に入った。

 国名や都市名を外すのは、グローバル化が進んだ今でも、愛国心が消費者の行動に大きな影響を与えるから。そして一旦事が起これば、外国企業に対する偏見と反発が一気に噴出しかねない。それが、イギリスの巨大石油会社で旧ブリティッシュ・ペトロリアムのBPが痛い思いをしていま学んでいる教訓だ。

 他の多国籍企業と同様、BPは近年その植民地主義的な企業イメージを世界市民的なイメージに転換しようとしてきた。国際事業の拡大やアモコなど米石油会社との合併を通じて、イギリス色は実際に薄まってきた。世界100カ国で事業を行うBPは、そのウェブサイトにこううたっている。「BPグループはアメリカで最大の石油・ガス生産者であり、ガソリン販売でも上位の1社です」

 だが4月20日、米南部ルイジアナ州沖のBPの石油掘削基地ディープウオーター・ホライズンで爆発事故が起き、原油がメキシコ湾に流出し始めると、アメリカ人にとってのBPは、突如ウィンブルドンと同じくらいイギリス的で、楕円形でないボールを使うフットボール(サッカー)と同じくらい異質なものになった。このため、消費者や政治家からはアメリカ企業以上に厳しい扱いを受けかねなくなった。

 BPの首脳陣は6月16日、バラク・オバマ米大統領とホワイトハウスで会談した。事故から2カ月たっても原油流出が止まらず被害拡大が続き、BPにもオバマにも米国民の怒りが高まるなかでの注目の会談だった。

 終了後の記者会見でBPは、被害補償のため第三者が管理する特別預託口座へ補償原資200億ドルを拠出すると発表した。オバマからすれば、補償のための資金を確保するとともに、資金管理をBPでなく第三者に委ねることで、遅滞なく支払いを行わせる仕組みだ。

急に「英国石油」呼ばわり

   口座の管理者には有力弁護士ケネス・ファインバーグを充てる。9・11テロ犠牲者の補償基金も監督するなど、注目度の高い調停を数多く手掛けてきた。

「この200億ドルは、被害を受けた地域住民と企業に対して確実に補償が行われることを保証するものだ」と、声明でオバマは強調した。一方で「これは補償額の上限ではない」とし、「BPが補償責任を最後まで果たすことを約束する」と述べた。

 一方BPは、補償金を一括ではなく分割で払えることになった。事故後、巨額補償を織り込んで株価がほぼ半分になっていたBPにとっては久々の好材料ではあった。

 危機が起こると、多国籍企業は本国に引きこもりに戻りがちになる。進出先の国々が味方をしてくれるわけもなく、本国に回帰する以外に方法がなくなるからだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=続伸、堅調な経済指標受け ギャップが

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米景気好調で ビットコイン

ワールド

中国のハッカー、米国との衝突に備える=米サイバー当

ワールド

COP29、会期延長 途上国支援案で合意できず
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 7
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中