最新記事

アメリカ経済

オバマ金融規制の知られざる落とし穴

危機の再発を防ぐ秘策といわれるが、どんな改革も必ず予期せぬ問題に襲われる

2010年4月27日(火)17時45分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

今度こそ変わる? ウォール街への規制を強化するという改革案だが Eric Thayer-Reuters

 コフマン財団の経済学者ロバート・リタンに言わせれば、米議会が検討している金融規制「改革」法案について確かなことが一つある。それは、この法案の効果が誇張してPRされるだろうということだ(上院は4月26日、法案の本会議審議入りを否決したが、いずれは審議が始まり、可決される可能性が高い)。

 この法案が成立すれば、一昨年のような金融危機は二度と起こらなくなる。ウォール街の腐敗は一掃され、公的資金による救済もなくなるだろう。消費者を貪欲な金融機関から保護する効果もある──民主党はそんな明るい未来を語るだろう。ウォール街バッシングが広がる現状では、金融業界に甘すぎるという批判を受けたい政治家はいない。

 だが、金融改革法案は本当に万能なのか。歴史を振り返ると、注意が必要なことがわかる。

 過去の金融改革では(ほぼ成功だったものも含めて)必ず予期せぬ問題が発生しており、いずれ次の改革に取って代わられる。米連邦預金保険公社(FDIC)のシーラ・ベアー総裁によれば、銀行システムのリスク軽減をめざした1990年代初頭の改革の結果、住宅ローン会社や融資専門業者のようにほとんど規制を受けない「影の銀行システム」が貸付業務を担うようになった。

 今回の改革案の中心的な狙いは、金融危機の再発を防ぐことだ。金融危機の影響は、バブル崩壊や巨額の損を出す取引よりも甚大だ。バブル崩壊や投資の損は避けられないものだし、ある意味では望ましい。損失を被ることがなければ、投資家は無謀な取引に手を染めるようになる。

 一方、金融危機は恐怖に駆られた投資家が売りに殺到して発生する。それによって金融システムが脅かされ、さらに製造業や雇用にも悪影響を及ぼす。08年9月の経済危機を引き起こしたのは、投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻だった。金融機関への不信感を募らせた投資家やディーラーは、国債などの安全策に資金を逃避させた。

まるで過去の戦争に向けて準備する将校

 だが、金融危機はそもそも予期できないもの。そのため金融改革は、目の前の戦況よりも過去の戦争に合わせて準備をする将校のようになりがちだ。

 例えば、政府の負債の急増によって、次なる金融危機が発生したとしよう。米国債への信頼は損なわれ、金利と為替相場も激しく反応する。連鎖反応は世界中に広がるだろう。

 なんとも皮肉な話だ。金融改革の必要性を説きつつ、一方で財政赤字の長期化を容認することで、ホワイトハウスと米議会は次なる危機の勃発をあおっていることになる。

 しかも今回の改革法案には、株価暴落を防ぐ最強の安全装置──金融機関の自己資本比率の引き上げ──が含まれていない。自己資本比率が高ければ、損失が生じたときの緩和剤になれる。

 リーマン・ショック以前には、銀行の自己資本比率はおよぞ10%だった。専門家の間では、これを15%程度まで引き上げるべきだと指摘する声もあるが、改革法案ではこの点を連邦政府と財務省が管轄する監督機関に一任しており、その監督機関が他国と協議して国際的な基準を検討している。結果はまだわからないが、自己資本比率規制を強化しすぎると、融資が冷え込むというジレンマがある。

 とはいえ、この法案は結局のところプラスの効果をもたらすように思える。将来の経済危機の脅威を完全に排除することはできないが、危機が「起こりにくくする」効果はあると、リタンは言う。

「大きすぎて潰せない」金融機関の問題も、ある程度解消できる。08年の危機の最中に、政府は厄介な選択に直面した。巨大な金融機関が破綻するのを容認すれば、その取引先に巨額の損失が発生し、破綻の連鎖が起きる恐れがあった。実際リーマン・ブラザーズが破綻した際には、大混乱が周囲に波及した。だが、AIGのケースのように経営難に陥った巨大企業を救済しようとすれば、多額の税金が必要となる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRBが5月に金融政策枠組み見直し インフレ目標は

ビジネス

EUと中国、EV関税巡り合意近いと欧州議会有力議員

ワールド

ロシア新型中距離弾道ミサイル、ウクライナが残骸調査

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米株高を好感 主力株上昇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中