最新記事

欧州経済

「経済成長なき幸福」という幻想

無成長論者には技術革新の潜在力への視点が欠けている

2010年4月26日(月)13時06分
シュテファン・タイル(ベルリン支局)

 戦後最大の経済危機に、欧米優位性の低下を混ぜて、地球温暖化という黙示録的警告を加える。すると、急進的で目新しいアイデアが出来上がる。

 今のヨーロッパに渦巻く時代精神は、新しげな装いをしていても中身は古い思想の焼き直しにすぎない。経済成長には限界があり、またそうあるべきという考えだ。資源は乏しく、人口は増え過ぎ、海面は上昇しているのだから......。

 イギリスでは政府委員会が、経済成長を前提としない「定常型経済」を目指す計画をまとめた。持続可能な社会のために今後の経済成長は諦め、労働時間を減らし、大量消費を抑えるためにテレビ広告を禁じるという。

『出口──成長なき繁栄』という本がベストセラーになっているドイツでは、国民に倹約を勧めるこの手の本が花盛りだ。

 フランスのニコラ・サルコジ大統領は、もっと働いてもっと稼げと国民にハッパを掛けて政権の座に就いた。そんな彼がいま支持しているのは、GDP(国内総生産)成長率を追い求めるのは「フェティシズム(物神崇拝)」であり、国民の幸福度を測る新たな基準が必要だという専門家の主張だ。

 世界経済が再び急成長を遂げる状態に戻るとは考えにくい。かつて成長と見なされていたものの大部分は、信用取引や不動産価格のバブルで水増しされていた。08年に穀物や原油の価格が急騰したとき、今のペースで資源を消費し続けることには無理があると私たちは思い知らされた。

 GDPで人類の進歩を正しく測れるかどうかを議論するのは重要だが、目新しいことではない。GDPは繁栄の指標として最もふさわしいが、それ自体が目的にはならないことを誰よりも先に認めたのはエコノミストたちだった。

 それでも、現代の「無成長論者」は多くの先人と同じ過ちを犯しているようだ。

資本主義に居心地の悪さ

 経済学者トマス・ロバート・マルサスは1798年の『人口論』で、人口が増え続ければ飢餓は避けられないと予想した。国際的な研究団体ローマ・クラブは1972年の報告書『成長の限界』で、80年代には主要な資源が世界的に不足し始めると警鐘を鳴らした。

 これらの主張では、資源利用の増加や環境汚染の進み具合を既知の数値を基に予測している。しかし、技術革新や環境規制、効率性の向上や行動上の変化は十分考慮に入れていない。

 例えば『出口』の著者マインハルト・ミーゲルは、世界は食料難に向かっていると指摘する。だが彼は、遺伝子組み換え技術や品種改良技術の潜在力などをほとんど無視している。

 こうした誤りは見過ごされがちだ。無成長論者の主張は経済的・技術的な理由ではなく、知的・政治的な観点からヨーロッパで共感を呼んでいるからだ。成長に批判的な人々は常に、根底のところで資本主義そのものに居心地の悪さを感じている。だから資本主義が人々の期待を裏切ったとみるや、彼らのような批判が主流になっても驚くに当たらない。

 ローマ・クラブが最初に注目を集めた70年代、景気は長期にわたって低迷していた。環境問題が話題になり始めたのもこの頃だ。

 成長批判の震源地がヨーロッパで、先導者がフランスの大統領という点にも納得がいく。世論調査を見ると、市場経済に世界一不信感を抱いているのはフランス国民だ。フランスの学校で使われている一般的な教科書には、「経済成長は人々に多忙な生活を課すもので、過重労働やストレス、神経衰弱、循環器疾患や癌などを招く」という記述がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イラン協議、パキスタン「開催の用意」 1週間以

ビジネス

米労働生産性改定値、25年第4四半期は1.8%上昇

ビジネス

エネルギー高、22年より広範に定着の可能性=オラン

ワールド

米国務長官、27日のG7外相会合で中東・ウクライナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 2
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆保険」を達成した中国の医療保険の実態とは
  • 3
    【クイズ】2年連続で「世界幸福度ランキング」で最下位になった国はどこ?
  • 4
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 5
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 6
    「日本人のほうが民度が低い」を招いてしまった渋谷…
  • 7
    スペイン王室、王妃と王女の装いに見る「母から娘」…
  • 8
    表情に注目...ニコール・キッドマン、大富豪夫妻から…
  • 9
    「買ったら高いじゃん?」アカデミー賞会場のゴミ箱…
  • 10
    イラン戦争、トランプを泥沼に引きずり込む「5つの罠…
  • 1
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 2
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 9
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 10
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中