最新記事

金融危機

アメリカを狂わせた馬鹿マネーの正体

2009年9月17日(木)17時36分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

パーフェクト・ストームの到来

 2008年の夏から秋にかけてわずか数カ月の間に、金融業界は想像を絶するおぞましい「不可抗力」をどっさり味わわされ、最悪のパーフェクト・ストームに次々と襲われた。

 アメリカ政府は2008年9月、住宅金融の中核をなしてきたファニーメイ(連邦住宅抵当公社)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)を事実上国有化。経営危機に陥った保険最大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)に巨額の融資を行い、政府の管理下に置いた。

 一方、アメリカ第4位の投資銀行リーマン・ブラザーズが連邦破産法11条の適用を申請すると、恐怖の連鎖反応の引き金が引かれて、ついには政府がマネー・マーケット・ファンド(MMF)の元本保証をする事態になった。それまでMMFは、寝室のベッドの下を別にすれば、庶民の虎の子の最も安全な保管場所とみなされていた。

 雑貨・家具チェーンのリネンズ・アンド・シングズやメディア大手のトリビューンなどのアメリカの有名企業が、未公開株投資ファンドによる買収の際に背負わされた巨額の債務でふらつき、ついには破産した。大金持ちだけを相手にしてアメリカのマネーカルチャーに君臨する存在にのし上がったヘッジファンドは、清算・閉鎖に追い込まれることを恐れて解約を拒否しはじめた。

 ドナルド・トランプを筆頭に、この10年間、でっかく考えて、でっかく儲けようとした人たちはことごとく、大やけどをしたように見えた。

 もっとも、でっかいことを考えずにつましく生きてきた人たちも、「トランプの不幸は蜜の味」とばかりは言っていられなかった。

 金融危機のダメージは実体経済にも飛び火した。金融システムが機能不全に陥って金を借りるのが難しくなり、ローンと密接不可分な自動車産業と住宅産業の業績が悪化。企業の倒産が増え、失業率が上昇し、政府の財政赤字が膨らんだ。1930年代の大恐慌時代以来、経済の先行きに対する漠然とした恐怖感がこれほどまでに強まったことはなかった。

自己責任を忘れて救済頼みに

 なぜ、国民一人ひとりが自己責任をもつはずの社会が、政府による救済頼みの社会に変わってしまったのか。

 なぜ、金利が低く、資産価値が増え続け、経済が力強く成長していた好景気の時代が、新たな大恐慌時代になってしまったのか。

 なぜ、アメリカ資本主義の輝けるダイヤモンドだったはずの金融サービス産業が、安っぽいガラス玉に変わり果ててしまったのか。

 いったい、何が起きたのか。

 拙著『馬鹿(ダム)マネー』では、この10年間のマネーカルチャーの変遷をたどることを通じて、こうした疑問に答えていきたい。その答えは、ある面ではしごく単純だが、ある面ではきわめて複雑だ。

 まず、押さえておくべきことがある。

 それは、トランプやルービンやグリーンスパンといった下手人たちの弁解にも、一面の真理が含まれているということだ。金融システムを襲った破局は、人間の手の及ばない大きな力が生み出したものであり、それは確かにパーフェクト・ストームだった。

 この事態をつくり出した原因はたくさんある。当局の不十分な規制、8年間続いた共和党ブッシュ政権の経済思想の誤り、ウォール街にべったりの民主党による改革の阻害、マイホーム取得を奨励しようとした見当はずれの超党派の取り組み、ウォール街の強欲さ、企業経営者の腐りきった発想、政府のお粗末な危機対応。このすべてに原因がある。

 愛すべきグリーンスパンおじさんにも大きな責任があるし、その後を引き継いでFRB議長に就任したベン・バーナンキにも大きな責任がある。しかし、この惨事の責任を1人の個人に押しつけるのは見当違いだ。

 いや、人為的な要素を無視しろと言うのではない。その正反対だ。

 金融危機は、自分の利益を追求しようとした何百万人もの人々の意識的行動の副産物にほかならない。アメリカが経験したのは、言ってみれば全員参加型の金融危機だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

香港の大規模住宅火災、ほぼ鎮圧 依然多くの不明者

ビジネス

英財務相、増税巡る批判に反論 野党は福祉支出拡大を

ビジネス

中国の安踏体育と李寧、プーマ買収検討 合意困難か=

ビジネス

ユーロ圏10月銀行融資、企業向けは伸び横ばい 家計
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中