最新記事

ISISの背後にうごめく神秘主義教団の冷酷な影

世界はISISに勝てるか

残虐な人質殺害で世界を震撼させたテロ組織の本質と戦略

2015.02.20

ニューストピックス

ISISの背後にうごめく神秘主義教団の冷酷な影

かつて清朝を滅ぼしソ連を敗退させた謎の集団が、いま先進国に突き付ける文明の衝突の最後通牒

2015年2月20日(金)12時22分
楊海英(本誌コラムニスト)

黒幕 アフガニスタンに侵攻したソ連と戦うムジャヒディン(聖戦士) Keystone-France/Gamma-Keystone via Getty Images

 ウクライナ紛争の主役を担うロシアはここに至って突然、テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)を封じ込めようと躍起になってきた。一方、中国政府の高官もまた、「ISISに流入し戦闘に加わっているウイグル人は既に300人を超える」と発言。中ロ共に過激派が自国に逆流することに危機感を募らせている。

 歴史的に中ロ両国の侵略と抑圧がムスリムの反発を誘発してきた。帝国の圧政を打倒しようと先頭に立ってきたのはイスラムのスーフィズム(神秘主義)だ。ISISが勢力を拡大し続けている背景にもスーフィー教団の土壌がある事実を世界は認識する必要がある。

 今日の中国新疆ウイグル自治区西部にヤルカンド(莎車)というオアシス都市がある。16世紀から神秘主義のナクシュバンディー教団の一派が本拠地にしてきた所だ。14世紀に勃興したナクシュバンディー教団はバルカン半島から中近東を経て中央アジアと南アジア、東南アジア各地に分布する最大のスーフィー教団。18世紀に入って、西洋列強や中国による搾取と略奪に対して果敢に奮戦してきた。

 実例を挙げよう。ロシア人たちがカフカス山脈を越えて中央アジアに植民地を切り開こうとしていた18〜19世紀に、ナクシュバンディー教団は対ロシアの最前線に立って戦っていた。

強大な帝国の墓掘り人

 ほぼ同じ時期に清朝西北部でも同教団の分派が大規模な反乱を起こした。抵抗は19世紀末まで続き、南西部の雲南地方を越えて東南アジアへと波及していった。スーフィー教団との長期戦で疲弊し切った清朝はついに1912年に崩壊。清朝にとどめを刺したのは孫文ら中国人の民族主義者だが、実際の墓掘り人はスーフィーたちだ。

 オスマン帝国でもナクシュバンディー教団はクルド人と連携して蜂起した。オスマン帝国を倒したムスタファ・ケマル・アタチュルクの近代革命もスーフィーたちの後を追うようにして発動された側面がある。

 今日、ISISはシーア派のシリアとイラン、スンニ派のサウジアラビアなどが対峙する権力の真空地帯を縫うようにして独自の勢力範囲を築いた。ISISを壊滅させようと地上部隊を編成して前線に展開しているのは、かつてスーフィーと手を組んだクルド人部隊だ。欧米主導の戦局は19世紀後半を彷彿とさせるが、有志連合の参加国同士の連携がスーフィー教団のネットワークほど機能していないところに、国際社会の無力感が漂っている。

 ナクシュバンディー教団の最大の根拠地はインド北西部からパキスタン、アフガニスタンにかけての三日月地帯。国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンも潜伏した所だ。この拠点を征服できた外国勢力はいまだない。1979年にアフガニスタンに侵攻したソ連は世界中から集結したムジャヒディン(聖戦士)を前に敗退。社会主義陣営の退潮を招いた。

 米軍も近いうちにアフガニスタンから全面撤退する。事実上の敗退だ。やがて、ISISで戦闘経験を積んだウイグル人がパミール高原を越えて帰郷した暁には、中国が夢想するシルクロード経済圏も泡と化すだろう。

 20世紀は、社会主義対資本主義というイデオロギー対立の歴史をつくった。21世紀はイスラム思想が紛争の主役の一方となるのは間違いない。ISISを単なる過激派として片付けるだけでは問題は解決しない。ムスリムたちを導く神秘主義教団の思想的土壌はいかにして醸成されているのかを理解しなければならない。ロシアや中国、そして欧米諸国も巧妙な形でイスラム社会を抑圧し、搾取し続けているという構図──少なくとも彼らにはそう映っている以上は──を解消しない限り、ムスリム世界の問題は消えない。

 先進国が内部で「資本の再分配」というマルクスの空論を再販売するような議論に終始する間にも、スーフィーたちが西洋と中華帝国を冷酷な視線で見ているのを忘れてはいけない。

[2015年2月24日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中