最新記事

チュニジアから崩れる独裁の壁

中東革命の軌跡

民衆が次々と蜂起する
中東の地殻変動を読み解く

2011.05.17

ニューストピックス

チュニジアから崩れる独裁の壁

ベンアリ大統領の強権政治が終焉、政府に不満を抱える30代の増加がアラブ世界に新時代の到来を告げる?

2011年5月17日(火)20時08分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

 彼は北アフリカの名もなき国の名もなき独裁者だった。その国の有名なところといえば、せいぜい労働者を輸出し、物価の安さで観光客にアピールするところくらいだ。しかし14日、チュニジアのジン・アビディン・ベンアリ大統領(74)が国外に脱出し、23年間以上に及んだ強権政治が幕を閉じると、アラブ世界は新時代の幕開けを予兆する一種の高揚感に包まれた。

 モロッコからエジプト、さらにヨルダンからその先まで、ベンアリ政権崩壊のニュースはインターネットや携帯電話を駆け巡り、長年抑圧されてきたアラブ各国の社会に衝撃を与えた。ちょうど、89年のベルリンの壁崩壊のニュースが老朽化したソ連の不安定な独裁に打撃を与えたのと同じだ。現に長年の独裁の末、政権崩壊後直ちに処刑されたルーマニア元大統領夫妻にちなんで、チュニジアでベンアリ夫妻は「チャウシェスク夫妻」と呼ばれていた。

 アラブ各国の政権にとって特に衝撃的だったのは、ベンアリ政権崩壊の始まり方だ。昨年末、地方都市シディブジッドで果物や野菜を売ろうとした無職の青年が警察に屋台を差し押さえられ、失業と低賃金に抗議して焼身自殺を図った。そのニュースが広がると同時に暴動も広がっていった。

 当初チュニジア軍のトップが治安部隊の出動を拒否すると、ベンアリは軍幹部を更迭した。その後、治安部隊はデモ隊に発砲を開始、死者数は増加した。それでも暴動は続き、地方都市から首都チュニス中心部に拡大していった。どうやらその時点で、軍はベンアリを見限ったらしい。非常事態宣言と戒厳令が出され、モハメド・ガンヌーシ首相がテレビに出演して「暫定的に」大統領職を代行すると宣言した。

若者の怒りがくすぶる

 これらの出来事が大きな反響を呼んでいるのは、チュニジアの抱える火種が中近東のどの国にも共通するからだ。教育を受けて意欲にあふれているのに、職にあぶれ、自由に発言することもできず、恨みを募らせる若者が増えている。

 ベンアリ政権が崩壊する前日の13日、ヒラリー・クリントン米国務長官はカタールで演説し、中近東では30歳未満の人口が「多数派として増加し続けており」、予測によればイエメン1カ国だけで今後30年間に総人口が2倍に増えると語った。「人々は腐敗した体制と政治秩序の行き詰まりにうんざりしている」と指摘。そしてその場にいたチュニジアの人権活動家に注意を向け、彼の民主主義に対する取り組みを称賛した。

 それからいつになく語気を強めてこう警告した。「あまりに多くの場所で、あまりにさまざまな形で、この地域の国々の基盤は砂に埋もれつつある」。まさにそのとき、ベンアリ政権が急速に埋もれつつあることを、クリントンが知っていたかどうかは不明だ。

 とはいえ、欧米諸国はアラブ世界で似たような強権政治が続くことに慣れ切っている。古い政権が消えた今、新たな政権との新たな関係構築に急いで取り組まねばならない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中