最新記事

米中貿易戦争、その現実味

中国vs世界

権益を脅かす者には牙をむく
新・超大国と世界の新しい関係

2010.10.26

ニューストピックス

米中貿易戦争、その現実味

あくまで自己中心的な経済政策を続ける中国。報復合戦は避けられない状況に

2010年10月26日(火)12時03分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

スムート・ホーリー法の歴史を知っている人なら、間もなく米中貿易戦争が勃発すると聞いて平静を保っていられないだろう。1930年、米フーバー政権は国内農業を守るため、輸入品の関税を記録的な水準に引き上げるスムート・ホーリー法を施行。諸外国が報復措置としてアメリカの輸出品に高い関税をかけたため、世界経済は停滞した。

 アメリカと中国は今、当時のような貿易戦争に向かって突き進んでいる。スムート・ホーリー法は世界大恐慌を引き起こした直接の原因ではないが、世界的な報復合戦を招き、大恐慌をさらに深刻化させたのは確かだ。

 世界経済の回復が完全でないなか、人民元の切り上げを拒む中国に対してアメリカが対抗措置を取れば、かつてと同じ報復合戦を招くかもしれない。不幸なことに、アメリカはこのリスクを冒す必要がある。
この10年で、中国は貧困国から経済大国へと変貌を遂げた。1人当たりの国民所得はアメリカの7分の1にすぎないが、その経済規模が世界経済に与える影響は増すばかりだ。

 問題は、中国が世界経済の基本原則を本気で受け入れる気がないこと。国益にかなう場合には世界共通ルールに従うが、国益に反するときはルールを拒んだり、変更したり、無視したりする。
本音の部分では、アメリカを含むすべての国が中国のように振る舞いたいし、実際にルール違反を試みた国も多い。ただ、中国以外の国は、自国の短期的な利益を犠牲にしてでも共通ルールの正当性と重要性を認めている。

 さらに問題なのは、中国ほど巨大な国がルール違反を犯した例はこれまでないこと。小国がルールを破っても、世界経済全体を脅かすことはない。

通貨政策も唯我独尊で

 中国の身勝手な振る舞いの最たる例は、人民元の価値を過小評価し続けながら輸出主導の経済成長を促進していることだ。とばっちりを受けているのはアメリカだけではない。安値で輸出し、高値で輸入する中国は、ブラジルからインドまで多くの国の経済を傷つけている。

 アメリカの歴代大統領は長年、人民元相場を見直して輸出競争力を低下させるよう中国に求めてきた。だが中国は内需拡大の必要性を認めつつも、輸出に影響を及ぼさない範囲でしか人民元相場を上昇させないつもりのようだ。

 中国は05年半ばから08年半ばにかけて人民元相場を約20%上昇させる為替レート改革を行ったが、その大部分は生産性向上によるコスト削減によって埋め合わせが可能だった。しかも、08年の世界金融危機が勃発すると、この改革さえ取りやめた。最近になって、ようやく人民元の上昇を再び認めたが、為替レートはほとんど動いていない。

 中国が人民元の切り上げに応じなければ、報復という選択肢が浮上する。中国もボーイングやエアバスの購入を控え、米国産大豆の代わりにブラジル産を輸入して対抗するだろうから、いよいよ貿易戦争が勃発するかもしれない。

 ティム・ライアン下院議員(民主党)とティム・マーフィー下院議員(共和党)は、中国の為替操作は事実上の輸出補助金に相当するとして「報復関税」の課税を認める法案を提出。さらに先月末から、米議会で報復関税を含む対中制裁法案が審議されている。

 米議会の動きが圧力となって、中国が大幅な人民元切り上げに踏み切るのが理想的な筋書きだ。残念ながら、より現実的なシナリオは、スムート・ホーリー法の再現だろう。不安定な世界経済にとっては最悪のタイミングで2つの超大国が対立することになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

対ロ軍事支援行った企業、ウクライナ復興から排除すべ

ワールド

米新学期商戦、今年の支出は減少か 関税などで予算圧

ビジネス

テマセク、欧州株を有望視 バリュエーション低下で投

ビジネス

イタリア鉱工業生産、5月は前月比0.7%減に反転 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中