最新記事

魚が消える、海が死ぬ

マグロが消える日

絶滅危惧種指定で食べられなくなる?
海の資源激減を招いた「犯人」は

2010.03.11

ニューストピックス

魚が消える、海が死ぬ

歯止めなき乱獲と温暖化による生態系の破壊によって、世界の海の40%は壊滅的なダメージを受けている

2010年3月11日(木)12時06分
チャールズ・クローバー(英デイリー・テレグラフ紙環境担当エディター)

金のなる魚  クロマグロは高値で売れるため、地中海沿岸で畜養が盛んに行われている(イタリア南部の畜養場、09年11月) Tony Gentile-Reuters

海が変わってしまったと嘆くとき、私たちはたいてい自分の思い出の海を頭に描いている。私の場合は、北海に面したイギリス東部の町オールドバラの浜辺の光景だ。

 浜に引き上げられた小さな白い漁船、捕れたての魚介を売る小屋、フィッシュアンドチップスの売店、そして救命ボート。40年前の夏休みの思い出は、私の最も古い記憶と言っていい。

 08年2月の後半、この思い出のビーチには昔と同じように漁船があった。荒天をものともせず、漁師たちは今も毎朝、海に出ていく。だが、よく見ると浜に引き上げてある12隻の漁船のうち、10隻は船体が朽ちてしまっている。もう二度と海に出ることのない船だ。

「あれをどけちゃうと、画家たちの描くネタがなくなっちゃうからね」と、漁師のディーン・フライヤーは冗談を言う。いまオールドバラに残っている専業の漁師はフライヤーともう1人。ハイテク装備の大型漁船全盛の時代になったことだけが、漁師減少の原因ではない。魚の数が減っているのだ。

 たとえば、カレイの一種であるプレイスという魚。「20年前は、邪険にされていた魚だ」と、フライヤーは振り返る。「誰も欲しがらないから、シャベルですくって海に放り捨てていた」

 ところが、ロンドンの高級レストランで食材としてもてはやされるようになって、状況が一変した。乱獲により、プレイスの数は激減。プレイスの水揚げが大量にあった近くのローストフトの港に、いま漁船の姿はほとんどない。最後のトロール漁船団が操業を停止して、すでに数年がたつ。

海の40%に人為的なダメージ

 この20〜30年間で、このあたりの海は大きく変わった。近ごろは、乱獲により北海タラの数がめっきり減っただけでなく、運よくタラを漁獲できても小さい魚ばかり。人間による乱獲という「環境」に適応すべく、まだ若い時期に繁殖するようにタラが「進化」したためだ。その結果、1匹当たりの産卵数が少なくなり、生息数の減少に拍車がかかっている。

 1950年代までは見かけたクロマグロ(いわゆる本マグロ)も北海から姿を消した。餌のニシンがすっかり減ってしまったからだ。

 オールドバラの漁師たちは、ほかにも海の変化を感じ取っている。60年代に比べて、北海の冬の海水温は1度上昇しており、魚の種類も変わりはじめているという。昔は夏の間だけ姿を現したヨーロピアンシーバスという魚は、今や一年中この海を泳ぎ回っている。温かい地中海の魚だったはずのヒメジの一種まで、最近は漁獲されはじめた。

 変化が起きている海は、北海だけではない。地球の表面の7割を占める海は、人間の活動により深刻な打撃を受けている。しかもそのダメージは、この先さらに拡大する見通しだ。

 08年2月、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の科学者チームは、人間の活動が海洋に及ぼしている影響をまとめた地図を科学雑誌サイエンスに発表した。この研究では、漁業、地球温暖化、海洋汚染など17の要素を総合して判断したところ、世界の海の40%が人間のさまざまな活動のせいで「深刻な影響」を受けていると指摘。とくにひどい状況なのは、日本と中国周辺の海、北海、アメリカ北東部の近海だと述べている。

「ここまで悪い状態になっているとは、大半の人は思っていなかったのではないか」と、同大学の科学者でこの研究の責任者のベン・ハルパーンは言う。「とてもショックだった」

 このようなショッキングな事態はどうして起きたのか。ハルパーンらの研究でも示しているように、最大の要因は乱獲と地球温暖化だ。環境汚染の影響は、20年ほど前に環境保護論者が主張していたほど大きくない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中