最新記事

雲の向こう側の業界未来図

クラウド化知的生産革命

仕事の効率化から「知」の創造まで
新世代コンピューティングの基礎知識

2010.02.04

ニューストピックス

雲の向こう側の業界未来図

2010年2月4日(木)12時03分
ニコラス・G・カー(ジャーナリスト)

 ある世代以上の人は、ばかでかい留守番電話機を覚えているはずだ。昔の留守番電話機は音声をアナログ信号の形で磁気テープに記録する仕組みを用いていて、かさばる大量のテープを頻繁に巻き戻したり交換したりしなくてはならなかった。

 やがて、音声をデジタル化して記録する小型の留守番電話機が登場。さまざまなソフトウエアが開発されて、新しい機能が次々と搭載されていった。

 デジタル化が実現した結果、もはや留守番電話機という機械すら必要なくなった。電話会社がネットワーク内にソフトウエアを用意するだけで、利用者に留守番電話サービスを提供することが可能になった。利用者は留守番電話機を放り捨てて、電話会社の留守番電話サービスに契約すればいい。

 こうして、機械という物体がバーチャル(仮想)な存在に変容した。比喩的に言えば、機械がネットワークという「クラウド(雲)」の中に蒸発したのである。

 同じことが企業のデータセンターにも起き始めている。企業のコンピューター設備は、インターネットを介して提供されるサービスに取って代わられつつある。そうしたサービスは、社内のサーバーではなく社外の巨大サーバー群で稼働する。

 いま企業のICT(情報通信技術)部門で起きていることは、1世紀前に電力の世界で起きた現象をなぞっている。20世紀の初めまで、多くの企業は自社の工場内に発電施設を持っていた。しかし電力会社が登場して発電所と送電網が整備されると、企業は社内の発電施設を廃棄し、電力会社のネットワークに接続して電力を入手するようになった。

 この「電力の公共化」のプロセスが進展するには長い年月がかかった。その点では、クラウド・コンピューティングへの移行も同じだ。企業は社内のICT部門に莫大な投資をしており、すぐにそれを捨てるわけにはいかない。それに企業としては、新しいサービスの安定性やセキュリティーも確認しなければならない。

従来型のICTベンダーは不要に

 しかし、革命が起きていることは間違いない。09年7月のある調査によると、アメリカの大企業の半分以上は既に何らかの形でクラウド・コンピューティングを利用している。企業がクラウド・サービスに1年間に支払う金額は11年までに1000億ドル近くに達すると、金融大手のメリルリンチは試算している。

 70年代にパーソナルコンピューターが発明されて以来、コンピューターのハードウエアとソフトウエアを作る企業は、パソコンやサーバー、データ記憶装置、OS(基本ソフト)、アプリケーションソフトなど、モノを売る商売を続けてきた。

 企業は莫大な資金を投じてこうしたハードウエアやソフトウエアを買い、社内にICTシステムを整備した。ハードウエア会社とソフトウエア会社にとっては実にうまみのある商売だった。マイクロソフト、IBM、日立製作所、オラクル、SAPなどの大手IT企業は急速にビジネスを拡大した。

 だがそういう時代は終わろうとしている。データの処理・保存、アプリケーションなどのコンピューター関連機能が社内のデータセンターからクラウドに移れば、企業はハードウエアやソフトウエアを購入する必要がなくなる。

 そうなるとIT企業は、ビジネスのやり方を変えなくてはならない。IBMや富士通などの有力ICTベンダーは早くも、クラウド・コンピューティング・システム構築のエキスパートと自社を位置付け始めている。

グーグル、アマゾン、IBMとの競争

 新しいタイプのプレーヤーも市場に参入し始めた。ソフトウエアをネットワーク経由のサービスとして提供して利用料収入を得るビジネスが台頭してきた。「SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)」と呼ばれるこの種のサービスを提供する企業としては、セールスフォース・ドットコムやワークデイ、ゾーホーなどがよく知られている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

感謝祭当日オンライン売上高約64億ドル、AI活用急

ワールド

ドイツ首相、ガソリン車などの販売禁止の緩和を要請 

ワールド

米印貿易協定「合意に近い」、インド高官が年内締結に

ワールド

ロシア、ワッツアップの全面遮断警告 法律順守しなけ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 6
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中