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岐路に立つEU
リスボン条約発効、EU大統領誕生で
政治も統合した「欧州国家」に
近づくのか
揺らぎ始めたEUの存在意義
フランスとオランダの憲法条約「否決」で半世紀続いた統合への歩みに急ブレーキ。「一つの欧州」をめぐる深刻な対立が浮き彫りに
パリ東駅には、EU(欧州連合)が生まれた理由を思い起こさせる「記念碑」がある。第二次大戦の犠牲者を追悼する銘板だ。
銘板に刻まれた文章によれば、無数のフランス国民がここから「拷問と死の収容所」に旅立ち、「1万1000人の子供を含む7万人のユダヤ人」が処刑のために移送された。当時、ヨーロッパの国境は生死を分ける境界線だった。
だが現在、ヨーロッパの国境はほぼ消えかけているようにみえる。列車はノンストップで国境を走り抜け、乗客が書類の提示を求められることもない。パリで切符を買うために使った単一通貨ユーロは、ベルリンでもローマでもマドリードでも通用する。
パリ東駅にいた18歳のジャン・マヤンに、現在のEUのビジョンと銘板の関係を尋ねると、こんな答えが返ってきた。「関係ないと思う。(銘板に書いてあるのは)大昔の話だから」
だが、EUの前身にあたる欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の創設に尽力した91歳のマックス・コーンスタムは、暗い戦争の記憶がまだ鮮明だった時代のことをよく覚えている。「終戦直後は、『この悲劇を二度と繰り返してはならない』という強烈な思いがあった」
戦後60年間、その思いがヨーロッパの協力と統一を推し進めてきた。だが先週、フランスとオランダが国民投票でEU憲法条約の批准を否決した(同条約の発効には加盟25カ国すべての批准が必要)。半世紀にわたり統合への歩みを続けてきたヨーロッパの実験は、深刻な混乱に陥った。
ヨーロッパだけでなく、アメリカにとっても気がかりな事態だ。コンドリーザ・ライス国務長官は先週、慎重に言葉を選びながら言った。「米政府は、内向きではなく外向きのヨーロッパを望む」
「憲法否決」の一報がもたらされると、ブリュッセルのEU本部には衝撃が走った。「EU憲法について話すとき、現在形と過去形のどちらを使えばいいのかわからない」と、職員の一人は言う。
ユーロの対ドル・レートは、8カ月ぶりのユーロ安水準に下落した。イタリアのロベルト・マロニ労働・社会政策相は、通貨リラを復活させる可能性に言及した。
「経済ナショナリズムが再び強まっている」と、フランスの経済評論家エリック・イズラエレウィツは言う。当局の保護強化を求める農民や産業界。移民に対する不信感と、新規加盟国への不満。そして人口の多いイスラム教国トルコのEU加盟が現実のものになることへの不安......。
EU内部の「南北問題」
「もはや『平和』は当然のものになり、人々を結びつける機能を失った。東側に敵もいなくなった」と、イズラエレウィツは指摘する。「過去半世紀のヨーロッパは終焉を迎えた。新しいヨーロッパを建設しなければならない」
だが、EUでは問題の解決策どころか、問題自体をめぐっても意見が対立している。
「憲法条約反対派は、ヨーロッパに反対なのではなく、『このヨーロッパ』に反対しただけだと主張する」と、アムステルダム自由大学の政治学者ベン・クルームは言う。「しかし問題は、『ヨーロッパ』の意味が明確ではないことだ。(統合からの)後退を主張する声もあれば、違った形の統合に向けた前進を望む声もある」
EUの将来をめぐる論争の一方には、フランスとドイツを中心とする「中核ヨーロッパ」がある。保護主義と手厚い社会福祉を維持したいと考える「古い」大陸諸国だ。これに対し、脱工業化社会の段階に入ったイギリスを中心とする「新しいヨーロッパ」は、中国やインドのような新興経済圏の台頭に対応するため、ヨーロッパ経済の自由化を強く主張する。
1年前、新たに10カ国が加盟したことで、EUの人口は4億5500万に達し、GDP(域内総生産)はアメリカをやや上回るまでになった。だが古い「中核ヨーロッパ」は、このEU拡大に強い危機感を覚えた。
10%前後の高失業率と年金財政の大赤字に悩むフランスとドイツには、大量の移民や労働力の安い国々との競争に対処する準備ができていない。それに経済が停滞ぎみの豊かな国々には、経済が急成長を続ける貧しい国々に「補助金」を出すことへの不満もある。