最新記事

50年目のEUは超大国の輝き

岐路に立つEU

リスボン条約発効、EU大統領誕生で
政治も統合した「欧州国家」に
近づくのか

2009.10.23

ニューストピックス

50年目のEUは超大国の輝き

冷戦後の国際社会で確かな繁栄と安定を築いた統合の軌跡

2009年10月23日(金)12時54分
アンドルー・モラブチック(プリンストン大学EU研究センター所長)

 3月25日、「1つの欧州」をめざしてきたEUは50歳になった。EU憲法や拡大路線への疑問から悲観論も噴出しているが、その経済モデルにも外交にもアメリカにはない力がある。EU批判の誤解を正す。
 *

 EU(欧州連合)の前身であるEEC(欧州経済共同体)の設立を決めたローマ条約が調印されたのは、50年前の1957年3月25日。EUは今年50歳の誕生日を迎えた。

 50歳のEUに対して、専門家は冷ややかだ。書店には、『ヨーロッパが眠りこけている間に』『ヨーロッパの内なる脅威』といった刺激的な題名の本が並ぶ。要するに、ヨーロッパは絶望的な没落の過程にあり、欧州統合という壮大な実験は、歴史のゴミ箱に滑り落ちつつあるというわけだ。

 このような見方がとくに強いのはアメリカだ。アメリカのEU悲観論者に言わせれば、ヨーロッパ諸国の経済は停滞しているし、起業とイノベーションのエネルギーはシリコンバレーやインドに奪われてしまった。しかも、硬直化した社会保障制度や甘やかされた労働組合、深く根を張った既得権益に、ヨーロッパの政治家はメスを入れられずにいる。さらに、社会の少子高齢化もヨーロッパの大きな足かせになるだろう。

 ヨーロッパの外交力にも疑問が投げかけられている。アメリカに比べて軍事力が小さいうえに、国際政治の舞台でアメリカと肩を並べるために必要な団結と決意にも欠けると、アメリカのネオコン(新保守主義)論客ロバート・ケーガンは切って捨てる。

 ヨーロッパはアイデンティティーを失ったと、EU悲観論者は指摘する。長い期間をかけてようやくEU憲法の草案作成にこぎつけたのに、その憲法案はオランダとフランスの国民投票でノーをつきつけられた。有権者は「ヨーロッパ的なもの」の拡大に嫌気が差しているようにみえる。

 急増する移民労働者を社会に統合できなければ、ヨーロッパでナショナリズムや反イスラム感情が噴出することは避けがたいと予測する論者も多い。ヨーロッパ人が近所のモスク(イスラム礼拝所)の「祈りの声で目を覚ます」ようになるのは時間の問題だと、アメリカの保守派のコラムニスト、マーク・ステーンは言う。

 これらのすべては、ヨーロッパで暮らす人や最近ヨーロッパを訪れた人の大半にとってはばかげた主張に聞こえるはずだ。この50年間で、ヨーロッパは実に多くのことを成し遂げてきた。

 ヨーロッパは世界恐慌と第二次大戦の痛手から立ち直り、一つに結束し、国と国との垣根を取り払うことに成功した。北はスウェーデンから南はシチリア島まで、国境警備に引っかからずに、しかもほぼ一つの通貨だけで旅行できる日が訪れると半世紀前に予測した人がどれだけいただろう。共通の経済政策の下に、関税のない共通の市場が誕生すると想像できた人がどれだけいただろうか。

 ヨーロッパは「超大国」として世界史にしっかり刻まれるべき存在になった。経済の規模ではどの国にも負けないし、ヨーロッパの福祉国家型の政治システムは、欠点はあるにせよ、空前の繁栄と安定をもたらした。

 現代史上の自発的な国際協力の試みのなかで、EUほど大きな前進を遂げたものはほかにない。6カ国で出発した取り組みは、27カ国に拡大。域内の人口は、5億人近くに達する。ヨーロッパの価値観は世界に普及しており、さまざまな面でアメリカ的な価値観よりはるかに魅力的にみえる。

 つまり、ヨーロッパは衰退などしていない。いたって順調だ。一連のヨーロッパ批判は、以下の三つの点でまちがっている。

競争力がないという誤解

 最初に、ヨーロッパが経済成長の停滞と社会的コストの増大という悪循環にはまっているとの批判についてみてみよう。

 なるほどこの数年間は、ヨーロッパの一部の大国にとって経済的に厳しい時期だった。東西ドイツ再統一に伴う1兆ドルのコストを背負うドイツはヨーロッパ経済の牽引役になれずにいるし、フランスとイタリアの経済も冴えない。

 しかし、イギリスと北欧諸国は好景気に沸いている。EUに新たに加わった東ヨーロッパの国々の経済成長率は平均5%で、アメリカを上回る。スロバキア、エストニア、ラトビアにいたっては10%を超す成長率を記録している。

 高い賃金と手厚い社会福祉給付のせいで雇用の創出が妨げられているというのは、おなじみのヨーロッパ批判だ。ヨーロッパの人々は「改革に抵抗」しているともよくいわれる。

 事実無根だ。この批判が正しいとすれば、第二次大戦後のほとんどの時期、ヨーロッパの経済成長率がアメリカを上回ってきたことの説明がつかない。

 世界経済フォーラムの最新の「世界競争力報告」では、高福祉高負担の北欧のデンマークとスウェーデン、フィンランドがトップ5に名を連ねている。「北欧の福祉国家(の競争力)が強いのは、改革に抵抗してきたからではなく、改革を受け入れてきたから」だと、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのアンソニー・ギデンズ元学長は指摘する。

 社会保障制度を支えるための負担は大きいが、ヨーロッパの人々はそれを無駄とは思っていない。ほかのEU諸国より貧しく、しかも親米的なハンガリーとポーランドでも、世論調査によれば、アメリカ型の経済モデルの輸入を望む人は25%に満たない。アメリカ型の欠点がしだいに浮き彫りになりはじめているからだ。

 たとえば、国民の幸福度を測る重要な基準である医療。「わが国の医療は世界最高」だとジョージ・W・ブッシュ米大統領は胸を張ったが、それは事実に反する。医療保険が国民皆保険制でない先進国はアメリカだけだ。約4500万人が医療保険に未加入で、さらに約4500万人が不十分な医療しか受けられずにいる。

 アメリカの乳幼児死亡率は、先進国で有数の高さ。アメリカ人の平均寿命は、フランス人より4歳近く短い(ヨーロッパのほとんどの国と比べても同様のことがいえる)。WHO(世界保健機関)の調べによれば、アメリカの医療水準は、世界でなんと37位。22位のコロンビアや26位のサウジアラビアにも劣るのが実情だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中