vol.5 音響設計家 豊田泰久さん
──ところで、豊田さんにとって<いい音>の定義とはどのようなものなんでしょうか。
「<いい音>というのはあくまでも主観的なものなので、万人に対して共通する定義はないと思うんです。料理やお酒と一緒で、塩加減や砂糖の文量の好みもあるだろうし、体調や気分によって好みも変わってくる。そういう感覚的なものはかように捕まえどころがないものだと思うんですよ。ただ、だからこそおもしろいとも言えるんじゃないかと思います」
──そのなかで万人に受け入れられる<いい音>を追求していくというのは、答えのない問いに向かい合い続けるようなものでもありますね。
「いや、そこはある意味で簡単なんですよ。万人に向けた音を作っていくということは、特定のターゲットを想定して作るわけじゃないということですね。ということは、自分の好みで作るしかないわけです」
──なるほど(笑)。
「個人のリスニングルームを作るほうが大変なんですよ。いくら僕が<いい音>だと思っても、その人の趣味に合わなかったら駄目。見た目だって重要だし、その基準も人によって違ってきますから」
──では、豊田さんにとって音響設計家を続ける原動力となっているのは何でしょうか。
「やっぱり音楽が好きだからじゃないですか。音楽に近いところで仕事をできているから頑張れる。胃潰瘍になりそうなこともありますけど(笑)」
──今後、時代の移り変わりと共に音響設計家の役割はどのように変わっていくと思われますか?
「音楽の楽しみ方も多様化してきているし、デジタル・メディアが氾濫している今の時代のコンサートはどうあるべきかということを考えないといけない。僕の父親が電蓄で音楽を聴いていた時代とは違うわけ(笑)。でも、そのなかでコンサートがなくなってほしくないし、なくなることはないと思う。誰もが楽しめるコンサートのあり方を世界中で探っているんですね。たとえば、マイマミのニュー・ワールド・シンフォニーは、オーケストラの演奏と壁面に写し出した映像とのコラボレーションを試みたりしています。これまでにない表現方法が出てくると思いますし、そのなかで音響設計の仕事も多様化していくんじゃないかと思いますね」
──最後に余談としてお聞きしたいんですが、プライヴェートではどのような環境で音楽を楽しんでいらっしゃるのでしょうか。
「仕事柄出張が多いので、家でゆっくり音楽を聴く時間がなかなかなくて。悲しいかな、一番時間を使えるのが飛行機の中なんですね。そうなると、いいヘッドフォンが必要になってくるんです。個人的にはインナー・タイプのほうが好みなんですけどね」
PROFILE
豊田泰久(とよたやすひさ)歌手
1952年広島生まれ。72年九州芸術工科大学音響設計学科に入学し、77年株式会社永田音響設計に入社。現在はロサンゼルス事務所の代表を務める。代表的なプロジェクトは、86年「サントリーホール」、2003年「ウォルト・ディズニー・コンサートホール」。現在まで50以上のプロジェクトを手掛けた。