コラム

共産党式人民管理術の極意......「ムチとアメ」を活用する中国政府

2024年03月06日(水)18時05分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国

©2024 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<3年前にまるで暴力団を追放するように学習塾を摘発した習近平政権が、突然その存在を容認する法律を公表した。ころころ変わる政策になぜ国民は文句を言わないのか。共産党式人民管理術の極意>

今年の春節期間中に中国ネットを騒がせた大事件は、政府が最新公表した「学校外の補習を管理する条例」(校外培訓管理条例)だった。2021年夏に中国政府は学校時間外の補習禁止令を出したが、3年も経たないうちに「地元政府の管理の下に学校外の補修班(学習塾)を開設できる」と大転換したのだ。

そもそも21年に厳しく取り締まられた補修班のほとんどは、政府から正式な許可証を受けていた。にもかかわらず、まるで暴力団を追放するように、各地で専門の監視員が補習を行う教師を見つけ、堂々と連行し罰金を科した。中国の民間教育を代表する兪敏洪(ユィ・ミンホン)の最大手グループ「新東方」も、株価が大暴落。一晩で400億香港ドル以上が「蒸発」し、中小も次々閉鎖・破産。数百万人が失業の危機にさらされた。

このトラウマになりそうな出来事の記憶がまだ新しいのに、中国政府は突然「学校外の補習は良い」と呼びかけ始めている。ころころと変わる国家の政策は全く子どもの遊びのようで、翻弄された人民は泣くに泣けず、笑うに笑えない。

これほどの朝令暮改は、他の民主国家に住む人々にとってなかなか理解不能だろうが、中国人にとっては日常茶飯事。「権力は不変、政策は常変」が中国社会の常態であり、独裁社会の伝統である。政策は常に権力者が支配しやすいようにつくられ、権力者への奉仕のために存在し、必要に応じて簡単に変わる。1人っ子政策の強行と廃止もそうだったし、改革開放からの現在の「鎖国」政策、日中友好からの戦狼外交もそうだった。

補習管理条例も言うまでもない。民間教育があまり盛んだと政府の支配が難しくなり、権力者も危なくなる可能性がある。だから一時的な打撃が必要だった。その一方で、教育従事者の収入減少や失業者数が多くなれば社会不安を招きやすく、支配も揺らぐ。

結果的には、中国語で言うところの「打個巴掌給顆甜棗(平手打ちしてナツメを与える)」、つまり「ムチとアメ」をうまく使い分けることにもなる。これこそが人民の精神的支配を維持する最良の策なのだ。これを知れば、なぜほとんどの中国人がどれだけ政策に翻弄されても、相変わらず政府に感謝するのか、その国民性の謎が理解できるだろう。

<ポイント>

兪敏洪 1962年生まれ。大学入試に2度失敗し、3度目で北京大学合格。85年に卒業後、同大学で外国語教師になったたが、校外のアルバイト教師を理由に処分され退職。93年に新東方を創業した。

打個巴掌給顆甜棗 「打一巴掌,給個甜棗」とも。特定の人物の利益を傷つけた後、手のひらを返したかのように利益を与える態度。管理・教育の1つの手段だと中国では認識されている。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story