コラム

中国で学校以外での学習が厳禁に、学習塾を敵視する習近平の本音とは

2021年08月26日(木)11時38分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
習近平(風刺画)

©2021 Rebel Pepper/Wang Liming for Newsweek Japan

<中国全土で学習塾や補習校の摘発が開始された。学習負担の軽減が表向きの理由だが、背景には塾が教える内容への不満が>

赤い腕章を着けた監視員が足でドアを蹴り開け、怒鳴りながら1人の男性を引っ張り出す。室内では数十人の生徒たちが啞然としている──。犯人逮捕の現場ではなく、安徽省で学校以外の学習塾を取り締まる映像だ。引っ張り出された男性は容疑者でなく、講師である。

中国共産党と国務院は7月24日、義務教育段階の学習負担を軽減するため、学校以外の学習禁止を厳命。中国全土で学習塾や補習校の摘発が始まった。ある地方は黒社会(暴力団)追放と同じ「掃黒除悪」というスローガンで摘発を始めた。その結果が冒頭のような乱暴な振る舞いだ。「師を尊び、教えを重んずる」数千年の伝統を持つ中国で、講師が学習塾で補習しただけで暴力団と同じような取り扱いを受けるとは、誰も思わなかっただろう。

近年、中国では特に英語学習塾でカリスマ講師が活躍し、人気を集めていた。海外留学や外資系企業の就職希望者向けに英語を特訓する「新東方」教育グループは、今回の取り締まり後に株価が暴落。学習塾業界から1000万人以上の失業者が出るかもしれない、と報じられている。

その背景にあるのは「学校以外の学習施設は法律に従って管理しなければならない」という習近平(シー・チンピン)国家主席の重要指示だ。理由はいくつかある。「学生たちの学習負担減少」「学習塾や講師が私腹を肥やすことを防止する」もそうだが、習にとっておそらく最も耐え難いのは、「学校の地位がそれ以外の学習施設に取って代わられること」だろう。

毛沢東時代に誰もが毛沢東思想を学習しなければならなかったように、これからの中国の学校では『習近平新時代中国特色社会主義思想学生読本』を誰もが学ばなければならない。学習塾はこのような思想教育を行わない。このため、首都北京ではあらゆる学習塾が共産党支部を置かねばならなくなった。

それでも英語塾は欧米的価値観の温床になる恐れがあり、つぼみのうちに摘み取らなければならない。上海市は最近、小学校の英語の試験を9月の新学期から禁止すると発表した。

今の中国と同様、国民の英語学習を嫌う監視国家がかつてアジアにあった。軍国主義時代の日本だ。

ポイント

新東方
1993年に創業された中国を代表する留学対策の英語塾。現在はTOEFLやGREといった英語試験対策だけでなく、幼児教育や小中高校生向け補習授業も行っている。

習近平新時代中国特色社会主義思想学生読本
教育省が編纂した思想教育の補助教材。2021年秋から小中高校で使われる。中華民族の偉大な復興を目指す「習近平思想」を教える。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウ大統領府長官の辞任、深刻な政治危機を反映=クレム

ワールド

トランプ氏、ベネズエラ大統領と電話会談 米での会談

ワールド

ネクスペリアに離脱の動きと非難、中国の親会社 供給

ビジネス

米国株式市場=5営業日続伸、感謝祭明けで薄商い イ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 5
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 6
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story