コラム

ハイテク天国・中国は老人にとって地獄

2020年12月11日(金)15時45分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

Youth Heaven, Elder Hell / (c)2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<日常生活の隅々まで浸透したキャッシュレス決済などのハイテクは、スマホに慣れた若者には便利だが、老人などの弱者には全く配慮していない>

湖北省で1人の老人が雨の中、役所を訪れ医療保険金を納付しようとした。だが現金はだめ、スマホのキャッシュレス決済でしか支払えないと言われて茫然となった......。

安徽省では別の老人が、スマホを持たないため個人の健康QRコードを提示できず、バスに乗車拒否された。仕方がないので1000キロほど離れた親戚の家に徒歩で向かった......。

どちらも最近、中国で報道されたニュースである。中国ではスマホによるキャッシュレス決済が日常生活の隅々まで浸透している。買い物はもちろん地下鉄やバスの運賃支払い、タクシーの予約や病院受診の予約もスマホアプリを利用しなければならない。スマホに慣れた若者には確かに便利だが、慣れないお年寄りは困惑するだけだ。

特にコロナ禍以来、中国では感染防止のため、公共交通機関を利用するときにはスマホで自分の健康状態を示す健康QRコードを提示しなければならない。このため、スマホが使えない老人たちは交通機関で外に出掛けられない。

中国人は日本の高齢化問題をよく知っているが、自国も同様であることに対しては認識不足だ。シンクタンクの中国発展研究基金会によると、中国は2000年に既に高齢化社会に突入しており、2022年に65歳以上人口が全人口の14% 以上、2050年には27.9%以上を占めると予測されている。

キャッシュレス決済などのハイテクは、老人などの弱者に全く配慮しない。時代に乗り遅れた老人たちは、時代に捨てられる運命を受け入れるしかない。「敬老」文化を唱えている中国にとって、これほど皮肉なことはない。

発展ばかりで弱者の立場を全く思いやらない社会は、文明社会でなく弱肉強食のジャングル社会だ。日本のキャッシュレスや顔認証システムの導入は中国より遅く、自国が時代遅れだと自虐的に思う日本人もかなりいる。だがこの「時代遅れ」のおかげで、日本のお年寄りはスマホを持たなくても自由に外出でき、現金できちんとサービスを享受できている。

老人と子供に優しい社会こそ良い社会である。良い社会を持つ日本が、むやみに中国を羨む必要はない。

【ポイント】
キャッシュレス決済
ネット人口におけるスマホ普及率の高さを背景に、アリババの支付宝(アリペイ)と微信(ウェイシン)の微信支付の利用が急速に拡大した。キャッシュレス決済比率は60%。

健康QRコード
中国語で「健康碼(チエンカンマー)」。スマホを利用して健康・行動情報を入力すると、感染リスクが3段階で表示される。感染リスクが高いと交通機関や商業施設の利用を制限される。

<本誌2020年12月15日号掲載>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 7
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story