コラム

中国でも世界でも評判は散々......映画『ムーラン』はなぜコケた?

2020年10月03日(土)15時30分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

A Sino-American Tragicomedy / ©2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<千年不朽の伝説の実写化にディズニーが2億ドルを投じ、中国市場で大儲け!のはずだったが......>

中国でムーランを知らない人はいない。読み人知らずの漢詩「木蘭辞」に由来するムーランは、現代でも国語教材として子供たちに暗記させているからだ。

中国人のムーランに対するイメージは「孝」だ。体が弱い父親の代わりに男の姿をして戦場に行き、故郷に凱旋した時は朝廷の俸禄を断って、娘の姿に戻り昔のままに生きていく。ムーランの伝説には古代中国の伝統的な美意識が宿っている。

ディズニーが実写版の映画『ムーラン』に2億ドルを投じた理由は言わずとも分かる。中国人にとって千年不朽の伝説であり、中国市場での大儲けが期待できる。しかしその狙いは外れ、9月4日からディズニーの会員向け動画配信サービスで公開したところ、中国でも世界でも評判は散々だ。ムーランを演じた女優・劉亦菲(リウ・イーフェイ)が香港デモで「警察を支持する」と表明したこと、エンドロールで新疆ウイグル自治区の地方当局や公安機関へ「特別感謝」したことが国際的な反発を買った。

中国国内では9月11日から劇場公開したが、ムーランを伝統的な親孝行者ではなく、愛国戦士へと変身させたことが中国政府にこびる行為だと、自由派に嫌悪感を抱かれた。愛国調で有名な環球時報からも芸術レベルが低く、中国の物語を正しく表現していない上に欧米人が勝手に思う中国の伝統要素を集めただけ、と批判された。

一般の観客も失望した。戦場帰りのムーランがなぜ、まるでピエロのような化粧をしたのか。映画の中に出てきた中国人男性はなぜ緑色の帽子をかぶっていたのか(中国で男性に緑の帽子をかぶせることは、妻の浮気を意味する)。中国人の美意識に全く合っていないこのムーランは、中国最大手の映画情報サイト豆瓣で10点満点中、4.9点しか集められていない。

主演女優の劉だけは中国外務省に褒められた。香港警察支持を公言したためである。スポークスパーソンは「彼女は現代のムーランだ。真の中国人民の優れた娘だ」と言った。

これに対する中国人ネットユーザーの面白い投稿がある。

「真の中国人民の優れた娘だって? 何かの間違いだろう。彼女はアメリカ国籍だよ!」。中美脱鉤(米中デカップリング)の悲喜劇だ。

【ポイント】
木蘭辞
南北朝時代(420~589年)に編纂された『古今楽録』に収録。病気の父に代わり娘の木蘭が男装で従軍し、異民族を相手に勝利して帰郷するという民間民謡に由来する。

劉亦菲
1987年湖北省武漢市生まれ。両親の離婚後、9歳で母とアメリカに移住し米国籍取得。女優を目指し14歳で帰国、2002年にテレビドラマでデビューした。

<2020年10月6日号掲載>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米11月失業率、黒人と10代が急上昇 雇用悪化の前

ビジネス

NY外為市場=ドル指数下落、雇用統計は強弱混合 失

ビジネス

米国株式市場=ダウ・S&P続落、経済指標を精査 エ

ビジネス

米総合PMI、12月は半年ぶりの低水準 新規受注が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story