コラム

新型肺炎の真実を伝える調査報道記者は、中国にはもういない

2020年01月23日(木)19時10分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China's Missing Investigative Journalists / ©2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<17年前の中国メディアはSARSについて大きく報じたが、習近平政権下で当時の新聞記者は囚人になるか、転職するか、「党の代弁者」になった>

昨年末、中国・湖北省武漢市で原因不明の肺炎患者を多数確認という情報がネットに出た。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の再来か? 「新浪微博」にある武漢市政府の公式アカウントに問い合わせが殺到したが、ノーコメントだった上、問い合わせフォームを閉じてしまった。

そして2020年元日、新華社は「武漢ウイルス性肺炎に関する捏造情報をネットで拡散した8人を法律に従って処罰」という記事を発表した。その後の中国ネットは、イランの司令官殺害についての記事ばかり。散発的報道の後、1月11日に新華社はやっと「武漢は新型コロナウイルス肺炎患者41例を確認」という記事を発表した。「1月3日以降、新たな症例は見つかっておらず、人から人への感染も確認されていない」という内容だ。

これが本当ならいい。だが、SARSが流行したときの新華社の記事を読み返すと心配になる。17年前の2003年3月26日、新華社は「北京はSARSを効果的にコントロールした」という記事を発表した。だが2カ月後の5月、SARS感染者は北京だけで2434人、死者数は147人に達した。

17年前は中国メディアの調査報道記者たちが第一線で活躍していた時代だ。「羊城晩報」や「南方都市報」といったメディアは競ってSARSを大きく報道。10日間のうちにSARSに関する記事は603本も発表された。

「メディアは党の代弁者たるべし」と強調する習近平(シー・チンピン)政権の下、中国で調査報道の黄金時代は既に過ぎ去った。今回の武漢の新型肺炎事件について、新華社以外の記事はほとんど出ていない。

中国の調査報道記者はどこへ行ったのか。2017年のデータでは、13億人(当時)の中国で調査報道記者はたった175人。米ニューヨークに本部のあるジャーナリスト保護委員会によると、2019年に中国政府が拘束した記者数は48人で世界1位だ。

新聞記者は囚人になるか、転職や辞職するか。依然として業界に残っているのは「党の代弁者」にしかなれなかった者だ。残念ながら、自由や他人の命を守るより自己の命を守るほうがずっと現実的なのだろう。

【ポイント】
「进来之后你最大的收获是什么?」「以前只听说过的前辈在这儿都见到了」
「ここに来た最大の収穫は?」「名前だけ知っていた先輩みんなに会えたことだ」

「羊城晩報」「南方都市報」
共に広東省広州市に本社を置く夕刊紙と朝刊紙。自由なジャーナリズムで知られ、中国当局が当初報道を許さなかった広東省でのSARS発生をいち早く報じた。

<本誌2020年1月28日号掲載>

20200128issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年1月28日号(1月21日発売)は「CIAが読み解くイラン危機」特集。危機の根源は米ソの冷戦構造と米主導のクーデター。衝突を運命づけられた両国と中東の未来は? 元CIA工作員が歴史と戦略から読み解きます。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏小売売上高、9月は前月比0.1%減 予想外

ビジネス

日産、通期純損益予想を再び見送り 4━9月期は22

ビジネス

ドイツ金融監督庁、JPモルガンに過去最大の罰金 5

ビジネス

英建設業PMI、10月は44.1 5年超ぶり低水準
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイロットが撮影した「幻想的な光景」がSNSで話題に
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 6
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 7
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 8
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 9
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story