コラム

いまアメリカでこれだけパレスチナ支持が広がる深刻な理由

2023年10月26日(木)18時16分

パレスチナ人への連帯を示すハーバード大学の集会(10月14日) BRIAN SNYDER―REUTERS

<ハマスの奇襲攻撃はイスラエルにとっての「9.11」だった、はず......それなのに、イスラエル寄りのアメリカでパレスチナ支持が広がる背景とは>

ハーバード大学やコロンビア大学など、米名門大学の一部学生がパレスチナへの支持を表明したことが、深刻な分断をもたらしている。学生たちの行動をきっかけに、大学への寄付を取りやめる大口寄付者も相次いでいる。

 
 
 
 

寄付者たちは、大学当局が反ユダヤ主義を黙認し、テロを支持する主張を許容していると考えて、怒りをたぎらせているのだ。いわば「イスラエル版9.11テロ」のような出来事の後、野蛮な斬首やレイプ、赤ちゃんや高齢者の惨殺を正当化するなど言語道断だ、というわけだ。

しかし、学生たちの反応は意外なものではない。2001年の9.11テロ直後、パレスチナに共感する人は16%だったのに対し、イスラエルに共感する人はその3倍を超えていた。この点では、共和党支持者も民主党支持者も、無党派層も大きな違いがなかった。

ところが近年は、パレスチナに共感する人の割合は30%前後、民主党支持者の間では50%に迫っていた。どうして、このような変化が生まれたのだろうか。

1つには、10年近く前に起きた出来事の影響を挙げることができる。14年6月、2人のパレスチナ人の若者がイスラエル軍の兵士に殺害され、おそらくその報復としてヨルダン川西岸で3人のイスラエル人の若者が拉致されて殺害された。

すると、イスラエル軍が大がかりな軍事作戦を開始し、500人以上の子供を含む2000人を超すパレスチナ人が死亡した。一方、イスラエルの民間人の死者は6人だった。

当時は、既にソーシャルメディアが普及し始めていて、現地の未加工の映像がリアルタイムで拡散し、既存メディアに触れる習慣のない人たちにも届いた。これが世論の動向に及ぼした影響は大きかった。

しかし、要因はそれだけではない。パレスチナへの支持がもっぱら民主党支持者の間で高まっていることを考慮すると、アメリカ社会における党派間の亀裂のほうがより大きな要因と言えるかもしれない。

パレスチナにロシアを重ねられたと激怒

今日、民主党の左派や若い世代の支持者の間では、社会的・経済的な不平等への問題意識が強まっている。その点、イスラエルとパレスチナの間には、力と富と軍事力に途方もない格差が存在する。国内政治で貧困の構造的要因に強い関心を抱くリベラル派民主党員たちが、国際政治でパレスチナに共感を抱き、パレスチナを支持するのは、自然な流れだったのかもしれない。

いまアメリカの大学やソーシャルメディアで罵詈雑言が飛び交っていることに関して最も気がかりな点は、社会での対話から礼節が失われてしまったことだ。私はつい最近、70カ国の学生たちと一緒に1週間過ごした。パレスチナを含む中東出身の学生たちは、イスラエルの軍事行動により多くの民間人が死亡したことへの憤りを口にしたが、おおむね冷静に理性的に発言していた。

そうしたなかでパレスチナ人を含む中東の学生たちが最も感情を高ぶらせたのは、ロシア・ウクライナ紛争とイスラエル・パレスチナ紛争の扱いの違いを指摘したときだった。2つの紛争の図式はほとんど違わないのに、両者の扱われ方が違いすぎると、学生たちは考えていた。その上、パレスチナがロシアと重ね合わせた扱いをされていることに激しい怒りを感じていたのだ。

地政学的な議論は本稿の主題ではないが、はっきり言えることが1つある。議論する際は、敵対者の善意を信じ、できるだけ広い心で相手の言葉に耳を傾けるべきだ。議論と対話を閉ざせば、流血を止める手だてが失われる。暴力の悪循環を断ち切りたいと思うのであれば、相手の視点を知ることが不可欠だ。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

物価目標の実現は「目前に」、FRBの動向を注視=高

ビジネス

財新・中国サービス部門PMI、6月は50.6 9カ

ビジネス

伊銀モンテ・パスキ、メディオバンカにTOB 14日

ビジネス

カナダ製造業PMI、6月は5年ぶり低水準 米関税で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story