コラム

なぜロシア人はウクライナ戦争の真実を見ようとしないのか

2022年04月07日(木)11時30分

活動停止を余儀なくされたノーバヤ・ガゼータ紙のムラトフ REUTERS/Maxim Shemetov

<「私たちは自分の着る服を自分で作ることはしない。それは服のメーカーを信用しているからだ」という心理>

ロシアの最も信頼できる独立系調査機関のレバダセンターが発表した世論調査によると、「戦争効果」でプーチン大統領の支持率が押し上げられているようだ。

2月に71 %だった支持率が最新調査では83%まで上昇している。厳しい経済制裁、戦場での膨大な数の死傷者、世界のメディアによる非難の大合唱の下でも、いまプーチンは過去最高水準の支持率を獲得しているように見える。

どうして、こんなことが起きるのか。ロシアの有名テレビ司会者(現在は国外に脱出)は、プーチンを支持するロシア人の心理をこう説明する。

「私たちは自分の着る服を自分で作ることはしない。それは、服のメーカーを信用しているからだ。ロシア人は、ニュースに関しても、作り手、つまり政府が提供するものを信じている。プーチン体制下の22年間、ロシア人は基本的に1つの情報源からしか情報を得ていない」

とはいえ、今日はインターネットでさまざまな情報を入手できる時代だ。どうして、ロシア人は真実を見ないのか。

長時間労働と家事や育児に追われる大多数の国民にとっては、テレビをつけて、そこで報じられている情報を信じるほうが楽なのだ。戦争が始まって以来、ロシア政府は独立系のメディアや政府に批判的なメディアを徹底的に抑え込んできた。

2021年にノーベル平和賞を受賞したドミトリー・ムラトフが率いるノーバヤ・ガゼータ紙も活動停止に追い込まれた。しかし、この種のメディアはそもそも多くの読者を獲得していたわけではない。多くは既に国外に逃れたリベラル派が熱烈に支持していただけだ。

国民の圧倒的多数は、政権の振り付けどおりの報道を行う国営テレビ以外に目を向けようと思わない。

もう1つ否定できない現実がある。人間は自分が信じたいものを信じる性質があるのだ。

ロシアが虚偽情報を流していると批判するウクライナ人のジャーナリストも「戦時に人々の士気を高めるためには、都市伝説が必要」だと述べている。ロシア軍機を次々と撃墜したとされるウクライナ空軍の戦闘機パイロット「キーウ(キエフ)の幽霊」のストーリーはその典型だ。

ロシアで暮らしていたときに私が理解できなかったことの1つは、第2次大戦の対独戦勝記念日(5月9日)を大々的に祝うことだ。

独ソ戦では2000万人以上が犠牲になり、これをきっかけにソ連のスターリン独裁体制がいっそう強化された。こうした点を考えると、この記念日を派手に祝うことは不可解にも思えるが、ロシア人のアイデンティティーは侵略への抵抗と密接に結び付いていて、その歴史が半ば神格化されている。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

相互関税「即時発効」と米政権、トランプ氏が2日発表

ビジネス

TikTok米事業、アンドリーセン・ホロヴィッツが

ワールド

米・エジプト首脳が電話会談、ガザ問題など協議

ビジネス

米国例外主義に幕、海外への分散投資が適切=PIMC
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story