コラム

SDR狙いで進む?中国の金融自由化

2015年10月29日(木)17時00分

 では、銀行は自主的に金利を決定できるようになるのでしょうか?少なくとも当面はNOです。やや古い話となりますが、2015年3月13日付けの現地紙は、「銀行の調達コストを抑制し、貸出金利の引き上げを回避するために、中国人民銀行は一部の中小銀行に対して、預金金利の上限(当時は預金基準金利の1.3倍が上限)を適用しないよう、窓口指導を実施した」旨を報道しました。真偽の程はともかく、このような報道がなされること自体、銀行が自主的に金利を決定することの難しさを物語っています。

 中国人民銀行は、金利の自由化・市場化に向けた過渡期として、今後しばらく貸出・預金基準金利の発表を続けます。そして貸出金利について、将来的には、上海銀行間市場の貸出基礎金利(LPR=Loan Prime Rate)などを参考に金利が自主的に決定されていく姿を描いています。貸出基礎金利は市場での金利形成促進を目的に2013年10月25日に公表が始まり、主要行のプライムレートから算出されます。主要行とは国有商業銀行を中心とする大手行であり、当局の「窓口指導」の絶大な影響力は温存されると見られます。貸出・預金金利の決定に、「窓口指導(当局の意向)」が大きな影響を与える状況に変化はないでしょう。

金融改革の進展をアピール

 それでも表面的であれ金利自由化は完了しました。預金金利は長らく固定金利でしたが、2004年10月に基準金利を下回る金利設定が可能になり、2012年6月に上限が基準金利の1.1倍に、2014年11月に1.2倍に、2015年3月に1.3倍に、5月に1.5倍に引き上げられ、8月に1年超の定期預金金利の上限が撤廃されました。そして今回、預金金利の上限がすべて撤廃されました。上限が引き上げられ始めてから僅か3年4ヵ月、特に金融緩和が始まった2014年11月からのスピード感には目を見張るものがあります。

 このスピード感の背景には、人民元のSDR採用を決定するIMFに対して、中国の金融改革が進展していることをアピールする狙いがあるかもしれません。SDRはIMF加盟国の準備資産を補完する手段で、リーマン・ショック後の世界的金融危機の際には世界の経済・金融システムに流動性を与え、IMF加盟国の外貨準備を補完するなどの役割を果たしました。現在、その価値は米ドル、ユーロ、英ポンド、日本円の国際通貨バスケットに基づいて決められています。そして2015年は5年に一度のIMFのSDRバスケット構成通貨の見直しのタイミングです。世界第2位の経済大国となった中国は、人民元にそれにふさわしい地位を与えるために、SDRへの採用を熱望しています。金利自由化はSDR採用の条件ではありませんが、採用に向けたアピールになるでしょう。

プロフィール

齋藤尚登

大和総研主席研究員、経済調査部担当部長。
1968年生まれ。山一証券経済研究所を経て1998年大和総研入社。2003年から2010年まで北京駐在。専門は中国マクロ経済、株式市場制度。近著(いずれも共著)に『中国改革の深化と日本企業の事業展開』(日本貿易振興機構)、『中国資本市場の現状と課題』(資本市場研究会)、『習近平時代の中国人民元がわかる本』(近代セールス社)、『最新 中国金融・資本市場』(金融財政事情研究会)、『これ1冊でわかる世界経済入門』(日経BP社)など。
筆者の大和総研でのレポート・コラム

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story