コラム

日本における核共有(シェアリング)の効果とコスト

2022年03月09日(水)14時50分

どうして「シェアリング」の可能性が議論されるのかというと、この米国が危険を冒して反撃してくれる可能性が100%ではないという疑念があるからです。もっと言えば、日本が疑うというよりも、相手国が「米国によって反撃されない可能性」に賭けて第1撃を撃ってくる可能性があるということです。

では「シェアリング」の場合はどうかというと、これは核弾頭が日本に抑止目的で配備されているわけですから、核攻撃に対する反撃はその弾頭になります。仮にそうであっても持ち主が米国であれば、第2撃に対する反撃、つまり第3撃が米国に来る可能性があり、それを考慮して米国が躊躇する可能性はあるでしょう。ですが「傘」の場合よりは、低くなります。なぜならば、日本に配備されている核弾頭による反撃は、日本との共同ということになり、再反撃のリスクの一部は日本に行くからです。

つまり、米国としては第3撃が日本に向かう、つまり米国に来ないという判断を前提に、日本と一緒に反撃(第2撃)を行うわけです。その分、日本には反撃後にその再反撃(第3撃)を受けるリスクは高くなります。

問題は米国が反撃を躊躇する可能性とか、反撃後に第3撃が日本に飛んでくる可能性といったリスクの総計を考えて、どちらが日本に有利かという比較をすることではありません。そうではなくて、どちらが「より相手に第1撃を思いとどまらせる」か、つまり「確実な抑止力になるか」ということだと思います。

軍拡競争を招く危険

これとは別に、いくら抑止力確保のためであっても、相手国から見れば日本が核攻撃能力を得たという理解から、日本が「第1撃」を撃ってくる可能性は否定できなくなります。そうすると、相手国は核弾頭をより多く日本に向けることとなり、そうすると核による軍拡競争となって当初想定していた配備と維持のコストが増加し、いつまでも「安全が保障されない」危険もあります。

以上は「戦略核」の場合ですが、例えば上陸作戦部隊や戦車部隊の侵入を抑止するための「戦術核」をシェアリングする場合は、効果の計算は別になります。ですが、NPT条約改定という難しい交渉、外交による周辺国との関係の再調整、国論分裂による社会の混乱など、コストの部分は同じように重くのしかかってきます。

いずれにしても、NPTとの両立の方策はあるのか、そもそも確実に抑止力が向上するのか、外交や通常兵器によるバランスなどを含めて、より日本の安全は確保されるのか、それに対してコストは十分に見合うのかという議論はやっておいた方がいいと思います。入り口のところでタブー視するというのは、かえって推進派を勢い付かせるだけですし、安全保障に関する重要な議論を曖昧なまま放置することにもなりかねません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story