コラム

アメリカがオミクロン「可視化」を先送りする理由

2021年12月22日(水)16時15分

1つは、南アフリカやイギリスの初期のデータから言われていたように、オミクロン株の感染者については、重症化率は低いという判断があるものと思われます。例えばですが、ニューヨーク州の場合、新規感染者数はパンデミックになって以来の最高値を示していますが、その一方で入院数は全州で4000人程度、人口10万に対しては22人と落ち着いた数字となっています。

一部には「オミクロンは感染力が強く、デルタを駆逐してくれる一方で、軽症で済むので、コロナを「ただの風邪」にしてくれる救世主」などという超楽観論がありました。どうやら、そこまでではないようです。ですが、アメリカのバイデン政権としては、それでもオミクロンはデルタより重症化しないし、特にブースター(3回目のワクチン)を打っている人はほとんど軽症か無症状で済むというシナリオを前提にしているようです。

2つ目は、昨年は強く自粛が呼びかけられたクリスマスなどの歳末行事に関して、今年は、世論が「我慢できなくなっている」という現実があります。仮に、政府がオミクロンに対して「全面警戒モード」を発動しようとしても、全米の世論を考えると不可能というのが、社会的な現実です。

クリスマス規制は自粛要請しない

ですから、バイデン大統領としては、12月21日に、全米で「無料の検査キットを5億セット用意する」という方策を発表して世論の安心感を確保し、その上で「ワクチン接種」を改めて呼びかけるという発信はしました。ですが、間近に迫った「クリスマス」の帰省については自粛の呼びかけはしませんでした。というよりも、心理的な力関係として、自粛は不可能という判断をしているのだと思います。

大学では年末にロックダウンが頻発しており、ブロードウェイの劇場でも出演者やスタッフの感染による休演が目立っています。一部のスポーツでは、試合の延期ということも起きています。ですが、音楽や演劇、スポーツについては、現在、あらためて全面休止という判断はありません。

この2つの理由により、バイデン政権として当面は、多少の市中感染を既成事実化させながら、社会経済活動への影響は最小限に抑えようとしています。その上で、南アフリカやイギリスに続いて、オミクロン株の特性を見極めようとしているのだと思われます。ですから、オミクロン株に関する日々の具体的な数字にはこだわっていないと考えられます。

厳しい感染対策をしている日本からは、アメリカのこのような対応は、いい加減に見えるかもしれません。ですが、欧州も含めて、大規模な社会実験をしながら、オミクロンの毒性についての見極めをしているというのも、また事実です。日本として時間を稼いでいるというのは、そのような欧米の動向を見極めるという目的もあると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:軽飛行機で中国軍艦のデータ収集、台湾企業

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story