コラム

新型コロナ「専門家」に関する2つの誤解

2021年08月25日(水)17時40分

第2の誤解は、もっと幅広い「専門家」が必要という問題です。現在、新型コロナの「専門家」として政府を代弁したり、メディアに登場したりするのは、ほとんど全てが感染症の研究者です。これに一部、臨床医の方が加わっている程度です。ですが、社会全体で新型コロナと対決する、そのために世論に対して必要な情報提供を行うには、この人々だけでは足りないと思います。

例えばワクチンや治療薬の問題については、薬学の専門家による情報提供が必要です。副反応があるとして、有効成分の活動によるのか、溶剤によるのか、ワクチンの働くメカニズムはどうなっているのか、各社の製品はどこがどう違うのか情報提供を行い、世論の不安や誤解を払拭すべきです。特に日本の場合は、教育水準が非常に高い国ですので、そうしたアプローチが必要です。

経済の問題についても、専門的な情報は流通していません。マクロの研究者が経済側を代表して会議で頑張ったなどという話があるくらいです。例えば、外食産業や、宿泊業に影響が出ているとして、その業界の財務や雇用はどのぐらい傷んでいるのか、どこが死守すべき限界なのか、こうした点ではGDPの成長率などという大雑把な話ではなく、現場の実態をストレートに世論に向けて発信する専門家が必要です。

コロナ禍で失われる合理性

それ以外にも専門家による情報提供が必要な問題はたくさんあります。商圏が広く会話を伴う対面販売が原則である百貨店が、感染症に対してどのぐらい脆弱かは商業の専門家の意見を聞く必要があります。密室に見える新幹線でどの程度の強制換気がされているのかとか、アルコール消毒の効果などは、デルタ株の流行を踏まえて、それぞれの専門家が改めて語るべきでしょう。

そもそも「安全」と「安心」が分離して語られるように、コロナ禍などの非常事態においては人間の自己防衛本能が暴走して、判断の合理性が失われることもあります。こうした問題には、社会心理学、特に災害心理学の専門家の助けが必要でしょう。教育における地域一斉休校や部活中止などの子どもへの影響も、可哀想だという感情論だけでなく、教育心理学や発達心理学の専門家による専門的な意見が求められています。

コロナ政策に関しては、本来は政治の役割である世論との対話を専門家に丸投げする一方で、幅広い分野の専門知を集めた総力戦にはなっていないのが現状です。総裁選や総選挙の近づく中で、世論の納得感を得て改めてコロナと戦うためには、こうした体制を変える時期に来ているのではないでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story