コラム

職員123人が新型コロナで死亡、ニューヨーク地下鉄・バスの惨状

2020年05月21日(木)16時00分

マスクの件だけでなく、消毒への意識も低く、タッチパネル式の出退勤記録装置で感染が広がった疑いがあるとか、換気への意識などは全く無かったとか、極端な場合は駅構内で肺炎によって亡くなっていた人が放置されていたというカオス状態もあったようです。

そんななか、MTAは4月に入って犠牲者が増えてくると、「遺族への見舞金」ということでコロナ関連死の場合は「一律50万ドル(約5400万円)」を用意するとしましたが、今後は多くの訴訟が起こされる可能性も指摘されています。

そもそもMTAの、例えば地下鉄で感染が広まったことには、物理的な要因も指摘されています。特に駅構内の天井が低く換気が悪いとか、車両についても「1から7と数字で線名のついているAディビジョン」の線区の場合は歴史的な経緯から、特に車内の内寸が小さいなかでまさに「密閉、密集」の空間となっていたこともあると思います。

また、最近は非接触式の電子改札が一気に設置されたにしても、その改札を通るには「バーを手押しする」とか、急加速・急制動の多い運転スタイルのために車内では「つかまっていないと危ない(日本の地下鉄や電車以上に)」という問題なども要因と言えるでしょう。

求められるインフラ更新、サービスの意識改革

最大の問題は、設備も車両も老朽化し、ブレーキのまき散らした金属粉に加えて下水の匂いがしたり、換気だけでなく照明も不十分な環境で、衛生管理がまったくされていなかったことだと思います。これは乗務員も同じで、詰め所には石鹸で手を洗う設備はほとんどなかったのだそうです。

衛生管理ということでは、今回のコロナ危機を通じてニューヨークではホームレスが地下鉄の車内を「居場所」にしてしまい、さらに車内の環境が悪化する問題も起きています。以前から決してイメージの良くなかったニューヨークの地下鉄ですが、今回のコロナ感染拡大の温床になったことで、さらにイメージは地に落ちた感があります。

危機が落ち着いた時点で、MTAは経営の姿勢を改め、車内や駅構内の環境を含めたインフラの更新、そしてサービスの意識改革を行わなければならないと思います。いくら大都会とはいえ、ニューヨークという1つの都市の地下鉄とバスの現場職員だけで120人もの犠牲者を出した事実はあまりに重たいからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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