コラム

トランプ「人種差別」論争の裏で進められた不法移民摘発

2019年07月18日(木)17時30分

確かにこの点に関しては、17日に左派が上程した下院における「大統領の弾劾手続きを即刻進める決議」は、アッサリと「共和党の全員と、民主党主流派」によって332対95で否決されてしまいましたから、大統領の思惑通りと言えるでしょう。

ですが、問題はそう単純ではないという見方もあります。実は、この17日に起きた「弾劾決議上程」の前に、ペロシは4人の新人議員に連帯表明する内容のツイートをしていたばかりか、下院として史上珍しい「現職大統領への非難決議」を行いました。

この「非難決議」では、下院の民主党は全員が一致団結して支持しており、オマケとして、共和党からも4人の造反賛成票が出るなど、結果的に成功した形となりました。民主党としては、主流派と左派による結束を見せつけることにもなっています。

全体的な評価としては、そんなわけで大統領として「民主党の主流派と左派の分断を図る」という作戦は、仮に本当にそのような意図があったとしても半分しか達成できなかったことになります。また、民主党内では、一層左派の影響力が高まったとも言えます。

では、今回の「仕掛け」については大統領サイドの失敗だったかというと、別の見方も可能です。この14日の日曜には、ICE(米移民・関税執行局)による不法移民家族に対する「一斉摘発」が行われたとされています。

政府としては、2000家族を目標とした摘発だとして、大統領も積極的でした。この「一斉摘発」ですが、コアの支持者に対しては「やっている」というアピールをしたい反面、人権無視という印象を与えて中間層の離反を招く危険がある中では「テレビニュースではあまり扱って欲しくない」性格のものとも言えます。

結果的に、今回の「トランプ対議員4人のバトル」のニュースで週明けのメディアの政治ヘッドラインが、埋まってしまったことで、「不法移民一斉摘発」のニュースを隠すことに成功したという見方もあります。

さらに言えば、今回話題となった4人の議員は、いずれもトランプの移民政策に強く反対しており、特にAOCなどは「ICE解体論」の急先鋒でもあります。そう考えると、メディアが「一斉摘発」を取り上げて、AOCがこれを鋭く批判する映像がテレビに流れるよりは、今回のような「罵倒合戦」に持ち込んだ方が、大統領としては世論対策として有利な展開になったとも言えます。

そう考えると、表面的には「アメリカの分断」をエスカレートさせるだけの罵倒合戦に見える今回の動きも、それぞれに様々な計算で動いているという見方もできるのです。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ホンダがAstemoを子会社化、1523億円で日立

ビジネス

独ZEW景気期待指数、12月は45.8に上昇 予想

ワールド

トランプ氏がBBC提訴、議会襲撃前の演説編集巡り巨

ビジネス

英総合PMI、12月速報は52.1に上昇 予算案で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story