コラム

アリアナのタトゥー炎上と日本人の「不寛容」

2019年02月12日(火)15時40分

特に敬語のエラーや、細かいニュアンスの受け取り間違いなどを起こすたびに、「失礼だ」とか「そんな日本語では通用しない」などという非難が始まります。非難している方は「もう一歩だから、あえて厳しくしている」とか「少しのミスの方が、余計気になる」という具合で、まったく悪意はないのですが、批判された方は傷つきます。

それこそ、アリアナ・グランデさんのように「日本語学習を止めよう」というぐらいに思い詰める人もあるようで、日本語教育の世界では「上級への壁」という言い方をする教師もいます。

今回の事件は、これに似ています。まず話し言葉の場合は、多少の言い間違いも汲み取ることが可能ですし、発せられた言葉は消えてしまうので、「後腐れ」はないとも言えます。ですが、SNSの写真という「目に見える」形で書き文字の誤用があると、見ていて許せないという人が出てきてしまうのだと思います。

では、書かれた言葉の間違いにしても、日本語学習者の敬語のミスにしても、どうして日本語の場合はネイティブ話者が「不寛容」なのでしょうか?

それは日本人が寛容性に乏しいとか、日本語や日本文化を「自分たちだけのものとして囲い込んでいる」からではありません。

そうではなくて、日本語の特徴が「悪さ」をしています。それは、日本語は「関係性」や「ニュアンス」を重視する言語だということです。敬語のミスが許されないのは、敬語によって上下関係や親近感、好意や悪意といった関係性が厳格に規定されるからです。相手が学習途上と分かっていても、間違った敬語で話しかけられると、ある一定レベル以上に発音などが正確である場合は余計に、関係性が混乱しているか、あるいは敵意を持たれているかのような不快感を持ってしまうことがあります。

今回の「七輪」事件に関しても、あえて「揚げ足取り」をしているというよりも、「アリアナさんの自分たちに対する関係性」の受け止めが混乱してしまうとか「表現に込められたニュアンスが受け止められない」という中で、不必要な不快感を持ってしまったことがあると思います。相手が著名人であればあるほど、混乱や不快感が増幅したこともあるでしょう。

こうした問題を乗り越えていくには、日本語話者の方で、日本語というのは関係性を規定したり、文字通りの言葉以上にニュアンスを発生する強い機能があること、そのために「誤用に対する拒絶や誤解」が生じやすい言語だという理解が必要ではないでしょうか。

相変わらず海外では日本のカルチャーの人気が続き、訪日外国人が増加する中で、日本語を学ぶ人は増え続けています。そんな中では、学習途上の日本語との付き合い方というのを、日本語話者の側でもしっかり学ぶ必要がありそうです。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story