コラム

朝鮮半島危機の現状下、日本は政局に走っている場合ではない

2018年03月13日(火)19時20分

この「1秒たりとも遅れない」というのは、具体的には様々な意味合いがあります。例えば、仮に「核放棄合意」が成立した場合、北朝鮮の核不拡散条約(NPT)復帰ということになりますが、そうすると直ちに国際原子力機関(IAEA)の天野(之弥事務局長)体制が厳格な査察を行うことになります。これは、技術的にも政治的にも困難な査察で、日本は関係諸国とともにそれを支えなくてはなりません。

また、仮に「会談が行われたが決裂した」場合、危機は現在(2018年3月)とは全く次元の異なるレベルに深化します。その場合、中国の出番ということになるかもしれませんが、その中国が動きやすいよう、また動き過ぎないよう、日本はこの場合も1秒たりとも遅れずに包囲網結束の要(かなめ)になる必要があります。ロシアが手を突っ込んできて問題を複雑化する可能性もあり、それにも機敏な抑えが必要です。

何故、日本が「1秒たりとも遅れてはならない」のかというと、日本の動きが遅れれば外交孤立を招くからです。一部に、「ジャパン・パッシング(Japan Passing=日本を飛び越した外交)」になるからいけない、という声がありますが、今回はそうした単なる「国のプライドを競うゲーム」ではありません。

危機が深化すれば、その過程で「なし崩し的な半島統一」の可能性が出て来ます。準備が十分でない中での統一となれば、大変に危険で痛みを伴うプロセスになります。その場合、極端な雇用不安、社会不安、あるいは地域対立の激化などを抑える必要が出てきます。新統一国家の求心力を得る「安易なカード」として、統一国家が「反日」しかも軍事威嚇を伴った行動に出る可能性は無視できません。

どれだけ合理的な人々の集団であっても、歴史の転換点において極端な決定を下す可能性は排除できません。そしてそのような事態は、まさに日本にとって存亡の危機となります。

例えば、「米朝首脳会談」で核放棄の見返りに「在韓米軍の撤退」が要求された場合、さらにはその際にトランプ大統領の「昔のお墨付き」がお化けのように出てきて、新統一国家が核武装する事態になる可能性も、排除することはできないのです。そうした危機において、日本が外交的に孤立するということは、何としても避けなければなりません。

政治は、そのような局面を想定するべきです。そして、そのような局面においては、右派的な基盤があるから好戦的で破滅的な判断になるとか、平和主義者だから全体を平和へと主導できるなどというようなファンタジーは通用しません。とりあえず、各国首脳との信頼関係があり、北朝鮮外交の経験も積んでいる安倍政権の継続が、日本にとってリスクを最小限にする選択と考えられます。

もちろん、憲法改正などという余裕はなくなりました。また、9月の総裁選などは、5月という「米朝首脳会談」のデッドラインや6月のG7の「さらに向こう」の話として考えなければなりません。とにかく、安倍政権としては国内向けの誠意を見せつつ、朝鮮半島危機における最善手を1秒たりとも遅れることなく指し続けることに集中してもらいたいものです。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story