コラム

エルサレム首都認定と恫喝外交、暴走トランプを誰も止められない

2017年12月26日(火)15時40分

その結果として、例えばウクライナは総会での評決を棄権してアメリカに忠誠を見せていますし、その直後にアメリカから殺傷力の高い武器供与を認められています。ニカラグアに至っては、総会で反対票を投じただけでなく、クリスマスというタイミングに「エルサレムに駐イスラエル大使館を移設する」という発表までしています。

こんな事態はアメリカ外交として異常です。まず、小国の悲哀を「見える化」しながらアメリカの力を見せつけるという方法は、国際社会でのアメリカのプレゼンスを減じるばかりであり、決して強くするものではありません。またどんな親米国家においても反米勢力が存在するわけで、その反米勢力を勢いづかせることにもなります。

特に、中東をはじめとしたイスラム圏では、アメリカが様々に苦労して築いた信頼関係を壊すばかりで、何も産むことはありません。経済的なインパクトは簡単に計算できませんが、ダメージは計り知れないと思います。

問題は、その目的が「内向きパフォーマンス」だとしても、どうしてこのような愚行が可能になっているのかという問題です。2つ指摘できると思います。

1つは、外交当局の組織が穴だらけという問題です。アメリカには、政治任用制度というものがあり、上級管理職以上のポストは政権が任命します。ですから、2017年1月に共和党政権が発足すると、共和党系の外交専門家が国務省の主要ポストに就くはずでした。

ところが、今回に限っては、例えば保守系のある地域のスペシャリストで、オバマ時代にはシンクタンクの研究員などをして「時期を狙っていた」人材が「ポストに就きたがらない」つまり「トランプの無謀な外交に加担したら自分のキャリアに傷がつく」として、距離を置いているケースが多いのだといいます。

反対に、現在主要ポストに就いていたり、代理をやってたりする人材の中には、「今はこの政権と心中するしかない」と考えて、政権の勢いのある限りは「ついて行こう」としている向きもあるようです。

これは国務省ではありませんが、ホワイトハウスの安全保障副補佐官を務めていたディナ・パウエル氏が、12月8日に辞任(実際の離任は年明けとされていますが、すでに失脚というのが常識的な見方)したのも良い例で、彼女が離れることで「歯止めが効かなくなった」こともあると考えられます。

2つ目は議会の姿勢です。本来ならば、ここまで極端な恫喝外交、しかも副作用の大きい政策には、議会の厳しいチェックが入るはずです。ですが、この間の議会は歴史的な減税法案の審議が最優先であり、共和党の穏健派も大統領と共調し、大統領に「意見する」雰囲気ではなかったようです。

また、そもそも「エルサレムをイスラエルの首都とする」という政治的なポーズについては、90年代に議会が可決している話であり、そもそも反対ができなかったということもあるでしょう。1995年の米議会決議について言えば、93年の「オスロ合意」でイスラエル=パレスチナ2国家体制の枠組み合意ができた後、その交渉が停滞する中でアメリカ内の「親イスラエル的な」世論を反映して可決されたものです。その後、クリントン、ブッシュ、オバマの3人の大統領が承認しなかったために法律化されていませんでした。

仮にそうした経緯があったにせよ、この種の稚拙な恫喝外交に利用するとなると、上下両院の外交や軍事のプロとしては「そのまま見過ごす」ことは普通考えられないのですが、タイミング的に大統領に突っ走られたのだと考えられます。

そうこうするうちにアメリカはクリスマス休暇に入って、国内の報道も静かになってしまいました。


ニューズウィーク日本版のおすすめ記事をLINEでチェック!

linecampaign.png
プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story