コラム

トランプ「新中東政策」をどう評価するか?

2017年05月25日(木)15時00分

これは歴史的に見れば、中東に対しても、一時の南米やアジアにしても、歴代の共和党政権が取ってきた「独裁者でも親米ならそれでいい」という政策に従うものだと言えます。中東は、確かに「アラブの春」が多くの国で失敗する中で、「新たな大物政治家」が「独裁という秩序」を再建するサイクルに入っているわけですが、とりあえずその動きに乗っていこうというわけです。

イランへの敵視についても、相当に踏み込んだ表現になっています。背景には、イラン革命直後の「大使館人質事件」などから強烈な悪印象を引きずったアメリカ保守層の「イラン嫌い」という感情論があり、さらにオバマがEUと実現した「イラン核合意」をひっくり返したいという政治的な動機もあるように見られます。

さらに言えば、サウジの味方をしてイランを敵視することで、サウジに対する武器輸出を正当化できること、また適度に緊張が拡大することで原油高に振れれば、アメリカのエネルギー業界もサウジなどの産油国にもメリットになります。原油高志向から言えば、それこそイランを石油の国際市場に復帰させる「核合意」は何としても破棄したというところでしょう。

【参考記事】米政府からまたリーク、マンチェスター自爆テロ容疑者の氏名 英捜査当局より先に

イランに関して気になるのは、そこまで「シーア派のイラン」を敵視するとなると、ブッシュが猛烈な犠牲を払って作り上げ、オバマが守ってきた「シーア派の、そして親イランの民主イラク」を一体どうするつもりなのかという点です。

この点については、トランプ政権としてはまだ態度を決めかねているのかもしれませんが、仮にシーア派全体への敵視を強めてしまうと、イラクの中で反米指導者ムクタダ・サドル師などが活動を活発化させる可能性など、面倒な問題が出て来る危険があります。

イランを敵視することは、その背後にいるロシアの敵視にもつながります。この点では、以前に選挙戦を通じて主張していた「中東はロシアに任せる」という方向性はほぼ消えたと見ていいでしょう。アサド政権の空軍基地にミサイル攻撃を行ったのもそうですが、国内的に「ロシアとの癒着」疑惑が問題になっている中では、ロシアに中東を「仕切らせる」政策は不可能になっているからです。

トランプ大統領のサウジでの演説は、確かに威勢は良かったのですが、このように、個々の要素に分解してみていくと、一つ一つの政策は妥協の産物であったり、半身の構えであったり、一貫性と力強さに欠けると言わざるを得ません。結局のところ、この政権が核の部分に持っている「欧州や中東のトラブルとは一線を画す」という孤立主義的なセンチメントは、どうしても消せないのではないかと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、イラン大統領と電話会談 核計画巡り協議

ワールド

中国軍が台湾周辺で実弾射撃訓練、封鎖想定 過去最大

ビジネス

中国、来年の消費財下取りに89億ドル割り当て スマ

ワールド

カンボジアとの停戦維持、合意違反でタイは兵士解放を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story