コラム

トランプ施政方針演説、依然として見えない政策の中身

2017年03月02日(木)17時15分

ですが、この話に激怒したメキシコ政府に対して、メキシコを訪問したティラーソン国務長官とケリー国土保安長官は「大規模な強制送還はしないし、軍隊の動員もあり得ない」と述べています。一体どちらが本当なのか、メキシコ政府は余計に怒っていましたが、それも当然だと思います。

一方で、今回の議会演説の数時間前には「大統領は不法移民に大規模な合法滞在の許可を出すらしい」とか「新移民法の具体案を議会に提案するらしい」といったニュースが、3大ネットワークやCNNを含めた大手のメディアから流れました。

ところが議会演説で大統領が提案したのは「メリット制」、つまりスキルのある移民を入れる話で、オーストラリアやカナダの方式を取り入れる提案でした。これは、これまで全く出ていなかった話だけに、唐突感が否めませんでした。

ですが、その数十分後には同じく移民について、不法移民の犯罪被害者遺族を何人も紹介していたのです。不法移民の犯罪被害を「ことさらに取り上げる」のは選挙戦を通じてトランプ陣営がやってきた手法で、それが再現されたわけですが、その部分はそれだけで、特に強制送還等には触れてはいませんでした。ということで、移民政策についても、依然として方針は定まっていない印象です。

【参考記事】米軍の死者を出したトランプ初の軍事作戦は成果なし

また、今回の演説で大統領は相変わらず「ラジカル・イスラミック・テロリスト」という表現をしていました。マクマスター新大統領補佐官(安保担当)が「ラジカル・イスラミック・テロリスト」という表現は「アメリカの安全を考えると使うべきではない」と進言しているにもかかわらず、選挙戦以来の姿勢を変えなかったのです。

マクマスターの論理は「テロというのはイスラム教に反する行為」であるから、「ラジカルなイスラムの」という形容をテロリストにつけるのは、イスラム教徒一般を侮辱することになるというものです。ブッシュ政権以来の各政権や軍が採用している、至極当たり前の話です。

ですが、それでも大統領がこの表現を使い続けているというのは、政権当事者として実務的な修正をするよりも、コア支持層の感情論を「裏切りたくない」という選挙戦以来の「悪いクセ」を100%は断ち切れていないと理解できます。

今回の演説は、確かにトーンとしては「落ち着いた大統領らしさ」が感じられたかもしれません。また、市場の観点から見れば、例えば悲観的な悪材料は出なかったというのは事実だと思います。ですが、肝心の政策をどうするのか、この政権はまだその方向性を決めかねているわけで、その迷いが政策論の曖昧さとして露呈した、今回の議会演説はそのような評価が妥当だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ、鉱物協力基金に合計1.5億ドル拠出へ

ワールド

中韓外相が北京で会談、王毅氏「共同で保護主義に反対

ビジネス

カナダ中銀、利下げ再開 リスク増大なら追加緩和の用

ワールド

イスラエル軍、ガザ市住民の避難に新ルート開設 48
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story