コラム

新たな局面に入った「アベノミクス」、今後の方向性のあるべき姿は?

2013年02月12日(火)16時22分

 昨年12月の総選挙で安倍政権が発足して以来、いわゆる「アベノミクス」という通貨・財政政策への期待感から、市場では円安と日本株の高騰が続いています。この政策並びに現象に関しては、私は様々なメディアで「通貨価値下落と財政赤字拡大というセットには海外では警戒感がある」ということを紹介する一方で、藤巻健史氏の主張する「早期破綻の可能性」も、現実問題として「日本は大きすぎて潰せない」ものの、警鐘として耳を傾けるべきと考えて来ました。

 というのは私としては、やはりこの「アベノミクス」について基本的には警戒する姿勢だったわけです。その警戒感というのは2つあります。①通貨安や株高だけでなく、実体経済が健全な成長トレンドに戻ることはあるのか? ②その一方で、財政の悪化を材料に日本国債の叩き売りを仕掛けるような筋が成功してしまっては大変なことになるのでは? という問題意識でした。

 もっと言えば、これは時間的な問題であって、①が力強さを持ってくる前に②を仕掛けられてしまう危険は否定できないという危機感であったわけです。ちなみに、藤巻氏の言うような「破綻」が起きるシナリオとしては「まずショートをかけて円を叩き売る」というのは、テクニカルに見て「円」というのは巨大な大海のような規模の通貨ですから1997年のアジア通貨危機の際の韓国ウォンやタイバーツのように「少数の投機筋」で動かすことはまず不可能、従って順序としては日本国債が狙われるという危機感です。

 時間的な問題というのは、単に実体経済が強くなるのと、何者かがある時点で日本国債を「売り浴びせる」時点との「順序」が問題なだけではありません。早期に実体経済が強くなれば、短期的・中期的に税収増が確実になりますし、株価が高騰することで東京市場の時価総額が大きくなればそれは好循環を生んでいくことになるわけです。ですから、そうした「好況である時期」が長く続けば、実体経済も政府の財政規律も相当程度の「再生」ができることになります。

 逆にそうした「好況である期間」を確保できなければ、財政の悪化と過度の円安を材料に、日本国債を「売ってやろう」という連中のターゲットになる危険性が増大することになると考えられます。

 そこで問題になるのは、日本株が上がり、日本の財政規律が好転すれば通貨としては円高要因になるということです。折角この間苦労して円安に振ったのに、「日本経済が強くなったから」という理由で円高になるというのは困るわけです。

 ただ、円高が困るとは言っても、逆に過度の円安も困るわけです。ですから、実体経済が好転する中で、ある種の円高要因が働くという中で、何らかの「望ましい均衡」というのが見えてくれば、それはそれで好ましいことなのだとも考えられます。

 更に言えば、実体経済が好転して「円安要因と円高要因の均衡」が実現するようであれば、例えば東京の株式市場に関しては「外国からの買い」が入ってくることになると思います。これまでの「アベノミクス第1段階」では、とにかく急激な円安が進行していたわけで、東京市場がいくら株高でも国外の資金はなかなか入って来にくかったのですが、為替レートが安定してくれば話は違ってきます。

 つまり、実体経済の好転+為替レートの安定ということが「外国人買い」を誘発して、株価も続伸するという段階に入ることができるわけです。仮にこれを「アベノミクス第2段階」ということにしましょう。超円高とデフレに風穴を開けるというのが「アベノミクス第1段階」であれば、その成果を確保するのが「第2段階」だと言えます。

 ここ数日は、安倍首相が経済各団体に「賃上げ要請」をしており、デフレを止める1つの方策として賃金水準の上方への修正を狙っているようです。これも確かに実体経済の良化を模索しているということでは「第2段階」を意識した行動と評価することはできます。ですが、それだけでは「中身のないインフレ」を加速するだけに終わる危険もあるわけです。

 ですから、同じ「第2段階」ということでも「筋の良い為替の安定」と「外国からの資金流入」ということも意識する必要があるように思われます。

 これから3~4月にかけての状況というのは、この「第2段階」へと進めるかどうかの岐路であるように思われます。兆候は既に出てきています。麻生副総理の「円安は少々行き過ぎ」という発言を契機に8日(金)には一瞬ですが円高に振れましたが、これは麻生氏の「失言」がそれだけ「ひどかった」ということよりも、世界の市場が「円安トレンドの反転」タイミングを探っていたということの証拠と考えるのがいいと思うのです。

 その「反転」の評価ですが、「やっぱり円高だ、デフレだ。円安政策ももうダメだ」というのではなく、上記の「第2段階」という考え方にあるような健全なものと見ることができます。というのは、円が反転することで為替で儲けるだけでなく、ここのところ好調な日本株にドル資金でも妙味が出てくるからです。

 同じ意味で、欧州連銀のドラギ総裁などが「円安ユーロ高は通貨戦争」だというような言い方で、日本の円安誘導を批判しているということも、「日本の悪口だからケシカラン」というだけでなく、「円相場の均衡」ということが世界市場全体として模索されているという風に見て、そこに「第2段階」へ進む感触を感じ取ることができれば悪いことではないように思われます。

 では、そのように「円の安めの水準での均衡」と「その均衡点からスローな円高トレンドへと反転する中での外国人買い」という「第2段階」に入ることができれば「アベノミクス」は成功と言えるのでしょうか? 国債叩き売りの危険はなくなり、安倍政権は見事に「危機突破」に成功するのでしょうか?

 そう単純なものではないと思います。そうした市場の反応というのは一過性のものに過ぎません。あくまで日本経済の競争力と、産業構造の転換、高付加価値化へと経済の質のアップへ向けての「離陸」ができなければ、巨額の政府債務を背負ったままでは、いつまでも「危機」と隣合わせの状況は続くのだと思います。

 ただ、「第2段階」に入ることができれば、そうした経済の質をアップするだけの「再投資ができる余裕」が少しずつ出てくることは間違いありません。その意味で「為替に関しては良い反転」ということがあるということ、そして「良い反転」であれば国外の資金が流入してくるであろうということは、当面の注目点であると思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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