コラム

恒例の「国語に関する世論調査」結果、問題は議論の方向性では?

2012年09月24日(月)13時18分

 昨年も同じ9月中旬に、文化庁による「国語に関する世論調査」が発表された際に、「文化庁の「正しい日本語原理主義」が「姑息」である理由」というタイトルの下で、この欄で私は違和感を述べています。この年の場合は具体的には「寒っ」とか「姑息(こそく)」という表現、あるいは「ら抜き言葉」問題に関する議論で、要するに政府が「正しい日本語」を示しつつ「日本語の乱れ」について否定的な見方を表明するようなことは必要がないというのがその趣旨でした。

 もっとも、調査そのものに関して言えば、解釈めいたコメントはないわけで、問題はその報道にあると言えます。特に新聞の社説などが「話題」として面白おかしく取り上げる中で、「若者の日本語の誤用」を非難したり、「日本語の乱れ」を嘆いたりするのが「お決まり」になっているわけで、調査の方でもそうした扱い方をされることを前提で発表している「ふし」があることは否定できません。その意味で、昨年は批判的な書き方をしたわけです。

 今年も同じ調査が発表されていますが、今年の場合は昨年までとは少し違って、調査には工夫が見られました。具体的に言えば、例えば前半部分にある「人間関係に注意する人が多くなり、円滑さを求める表現が増えている」という指摘です。例えば、混雑した電車を降りる時に「すみません、降ります」と声をかける人は72%(98年度より10.3%増)、劇場や映画館で自分の席に向かう時に途中の席にいる人に「前を失礼します」と声をかける人も81%(同じく7.3%増)に上っているというのです。

 この「変化」については、私は「良い変化」であると思います。日本の社会に多様な価値観が混在するようになったことから、相互に人間として「快適な距離感」を取ろう、そのためには黙って一方的な考え方を押し付けるのではなく、必要な社会性を言葉で表現しようということだからです。コミュニケーションのスタイルに仮に国際標準的なものがあるのなら、間違いなくその方向への変化であると思われます。

 ですが、昨年同様に新聞の社説では「表面的な摩擦を避ける一方で、中身に入って議論したり、対話をしたりすることが減っていることの表れを見る専門家もいる。意見を戦わせるようなコミュニケーションが難しくなっている事情があるのではないか」(毎日新聞の例)など、相変わらずブツブツと「日本語が変化するならば、それは必ず悪しき方向である」的な偏見で書いているのです。

 これもまた恒例となっている、いわゆる「若者言葉」の調査ですが、こちらにも工夫が見られました。例えば、「がっつり食べよう」とか「まったりする」というような表現に関して、20代と30代では使用するという人が60%前後に及んでいるのに対して、その上の世代では使用率が急降下しているなど、「世代間での用語の相違」を指摘した部分は、調査自体たいへんに面白いと思います。

 ただ、こうした指摘に関しても、新聞記事の中には「(若者言葉や若者特有の誤用に関しては)コミュニケーションの阻害要因にもなりかねないので、広がらない方が望ましい」というような、相変わらずネガティブな視点のものがあります。(例えば産経の記事)

 私は、この文化庁の調査を生かすには、もっと多角的な議論が必要と思います。例えば、「まったり」という言葉ですが、どうして20代から30代といった世代が好むのかということを考えると、語彙(言葉)の持つニュアンスの問題に突き当たります。もっと上の世代は、長期休暇には海外旅行に行ったり、そうでなくても「マイカー」で「ドライブ」をするなど、落ち着かない、そして金遣いの荒いライフスタイルをある時期楽しんできたわけです。

 ですが、今の20代から30代はそうではないわけで、日頃はストレスの高い仕事に就く中で、休日は家にこもって「のんびりしたい」というカルチャーが発達しているわけです。そうしたライフスタイルと言いますか、社会の変化を反映して「まったりする」という言葉が、単にリラックスするというだけでなく、「完全に力を抜いてリラックスする」とか「リラックスした状態に浸りきる」というニュアンスの語彙として洗練されたのだと思います。

 また「がっつり食べる」という言葉も、別に若い世代がカロリーの高い肉食に偏しているから流行している言葉ではないと思います。日頃は経済的に節約した食生活を送っているが、ある日に限って今日は「焼肉屋で思いっきり食べてエネルギーを養おう」とか、日頃は野菜中心の健康的な食事を心がけているが、たまには「今日はお肉をしっかり食べよう」という、どちらかと言えば「メリハリ表現」のために発達した言葉だと思います。

 ですから「きょう『は』がっつり食べよう」というように、他の日はそうではないが、今日はという「「コントラストの助詞(パーティクル)『は』」が一緒に使われることが多いのです。例えば「僕は毎日がっつり肉を食べる」という文章は語彙の用法としてはもやや(?)になるのではないでしょうか。勿論「毎日がっつり」というのが100%ダメではなく、「僕は朝飯は毎日がっつり行く方」だというように、朝はちゃんと食べるが、昼や夜は軽く済ますということが暗示されている方が「がっつり」の用法としては正当なのではと思います。

 もっと言えば、流行語・新語というのは、それまで使われていた「辞書に乗っている語彙」ではニュアンス的に「表現したい心理」に合わないので発生するというメカニズムと、「表現の強度を上げるために通常とは違う表現をして効果を出す」という「異化効果」の双方があるわけです。このメカニズム、そして、語彙の豊富さゆえに語彙の選択が表現意図として繊細に機能する日本語の特質というのもこの問題に重なってくるわけです。

 いずれにしても、そうした観点から「日本語というのは(他の言葉もそうですが)永遠に変化し続ける生き物」だという思想から、この「世論調査」の結果について様々な議論がされることを期待したいと思います。新聞の社説やコラムにあふれる「正しい日本語原理主義」については、いい加減にしてもらいたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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