コラム

イラン問題を複雑にしている各国の国内政局

2012年02月17日(金)12時18分

 イスラエルはイランを攻撃するかもしれない、イランはホルムズ海峡を封鎖するかもしれない、そうした物騒な話が出たり入ったりするようになって、数カ月が経過しているわけですが、では具体的に非常に危険な兆候があるのかというと、必ずしもそうではないのです。かと言って、お互いが姿勢を緩和する兆しがあるのかというと、これも違うわけです。

 そもそも、イランとイスラエルは不倶戴天の敵であり、いつかは衝突が避けられないのでしょうか? そんなことはないのです。両国は国境を接しているわけではありませんし、何らかの利権を争っているわけでもありません。歴史認識の上で長い確執を抱えているわけでもないのです。そんな両国が、対立を深めている理由はただひたすらに両国の国内政治の力学です。この点を見極めないと、この問題での判断を誤るのではないかと思うのです。

 まずイランですが、どうして核開発をしているのかというと、本来の動機は原油の枯渇への恐怖です。核エネルギーの実用化を進めることで、安定的に経済成長をしたいからです。では、どうして平和目的ではなく、核弾頭にも転用可能な研究をしているのかというと、これは国内政治の事情が絡んでいるのです。

 まず、国の求心力を高めるために核武装をしたいという人はどこの国にもいるわけです。核武装に関する抵抗感が非常に高い日本でも、核サイクルでプルトニウムが生産できるようにしておけば、いつでも核弾頭が作れるなどと言う人はいるわけです。その種のものと同じ心理があるのだと思います。これに加えて、イランの場合はホメイニ革命によってできた現在の「国のかたち」というのは、欧米型の消費社会をタテマエとしては否定しているわけです。

 そこで、原発による経済成長が「要するにマクドナルドがどんどんできて、女性がサッカーの試合に熱狂するようになる」種類のものでは「困る」というグループが存在するわけです。いわゆる「宗教指導層」であるとか、素朴にそうした指導層を信奉するグループというのがそうです。

 つまり、今回の核開発騒動の背景には、アハマディネジャド政権が進めるアンチ欧米的な保守政治と、2009年の大統領選で敗退したムサビ氏や穏健派としての政治に失敗したハタミ前大統領などの改革派との抗争があるわけです。世界のメディアはすっかり忘れてしまっていますが、2009年の大統領選の前後は激しい反体制運動があったわけですし、現在でも活動は続いているわけです。

 ちなみに、アメリカ主導で行われている経済制裁の趣旨もこれに関係しています。民衆の生活にも物価高など甚大な影響を与える制裁ですが、目的としては民衆の不満が反政府派を勢いづかせ、最終的には改革派が政治抗争に勝利すればいいという発想で制裁をやっているのです。アハマディネジャドを兵糧攻めで「降参」させるのという計算ではないと思います。

 そうした政治抗争に勝利するために、保守派のアハマディネジャド大統領としては「劇場型」の政治をエスカレートしているわけです。では、どうしてイスラエル敵視なのかというと、これは「劇」に悪役が必要だからです。イランがイスラエルと具体的な利害対立があるのではないのです。とにかく「アラブの大義」を振りかざし、核開発はイスラエルを滅ぼすためだという「大見得」を切ってみせたいから、イスラエルを敵視しているだけです。

 では、イスラエルはどうかというと、こちらは建国以来の歴史的な経験から、「売られたケンカは買うし、買ったケンカには必ず勝つ」ことで生存を勝ち取ってきたという本能的なものがあるわけです。またイランという存在が、ヒズボラとかハマスなどの勢力とつながっていることもあり、こうしたイスラエルとの確執の深いグループとの関係もあって、イランの「劇場型の挑発」を無視できなくなっているのだと思います。

 では、アメリカはどうかというと、オバマ政権のホンネはまず「本当に核兵器ができては困る」です。核拡散の抑止というのは、オバマの核政策の中心であり、それが破綻しては困るからです。同時に「戦争も絶対に困る」のです。とにかくこの地域で戦火が燃え上がったとしても、アメリカは対応不可能だからです。軍事費は削減の対象でこそあれ、新たな戦争だからと拡大は不可能です。軍も人心も長いイラク戦争、アフガン戦争の疲れを色濃く背負っています。また何よりも、イランとの戦争は、折角安定化したイラクの不安定化を招く危険もあるからです。

 イランはまたアフガンの隣国でもあり、アフガンが安定しないうちはイランに圧力をかけることもテクニカルに難しいわけです。今週からオバマ政権は改めて必死になってタリバンとの和平交渉を進めているようですが、これもイランに対する備えだと思います。イランに対して「万が一の覚悟はこっちにもあるんだぞ」というポーズを見せたい、そのための行動だと考えられます。

 実はアハマディネジャドの「劇場」もイスラエルのネタニヤフの「ケンカを売ったら買うぞ」の姿勢も、こうしたアメリカが「動けない」という現実を計算しながら「高度な舌戦」としてやっているというフシも濃厚にあると言えます。

 アメリカはシリアの問題でも頭を抱えています。シリアはヒズボラと敵対しており、アサド政権が崩壊すると、イランの息のかかったヒズボラの影響力が拡大するわけで、後のことを考えずにアサド政権がひどい形で崩壊するのは困るわけです。

 ちなみに、ロシアはこの地域には非常に深い関係があるので慎重姿勢、中国は少しでも市場価格より安く石油が買えるのであれば経済制裁などお構いなくイランから石油を買って全く反省がないなど、各国の足並みはバラバラです。

 では、仮にイスラエルがイランに空爆を加え、イランが大規模な報復を行ったとしたらアメリカの政局はどうなるでしょうか?

 恐らくオバマの再選の可能性は危うくなるでしょう。「イスラムとの和解演説」をやり「アラブの春」を支持するような「甘い」外交をやったから破綻したのだ、そもそも「反核」を気取ったことが大失敗だ、共和党はそうした視点からの攻勢を強めるでしょうし、それが世論への説得力を持つと考えられるからです。ちなみに、仮にそんな事態になったら、共和党の方ではロムニーもサントラムもダメで、ギングリッチあたりが急上昇する可能性が高いと思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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