コラム

対中強硬姿勢(?)に傾くオバマ、米世論はどうか?

2011年11月21日(月)12時24分

 軍事戦略上のアジア重視発言、オーストラリア北部への海兵隊駐留と、オバマ=ヒラリーは対中強硬姿勢を打ち出しているように見えます。では、アメリカの世論は中国に対してどんなムードなのでしょうか?

 まず、現在のアメリカは雇用問題に苦しんでいるわけで、政治的にも社会的にも失業率の改善が最優先課題になっています。先週まで全米で続いていた「格差是正デモ」にしても、その要求の核にあるのは雇用、つまり「職寄こせデモ」だったわけです。どうしてアメリカの雇用が失われたかというと、それは空洞化したからであり、その空洞化に伴って雇用が移転していった先として中国が大きい存在だということも広く認識されています。

 では、80年代にアメリカが日本のことを「異質論」から見て危険視したような、中国経済脅威論というのはアメリカにはあるのでしょうか? 議会の論戦などを通じた「言葉の綾」としてそうした言い方をする場合はゼロではありません。ですが、中国経済が脅威であり、異質だとか、不公正だというような非難の空気は実はあまりないのです。

 というのは、80年代の日本との「貿易摩擦」とは質的に異なるからです。かつての日本は、独自ブランドと独自技術を前面に出して、アメリカのライバル企業を倒して行きました。オイルショック後の低燃費競争に乗じてデトロイトの「アメ車」を斜陽産業に追いやるだけでなく、TV製造というビジネスでは、GEやRCAを追い詰めて「米国産TVゼロ」というところまで持っていったのです。

 ですが、現在の米中貿易というのは、例えばアップルが生産を中国企業に委託しているように、ウォールマートなどの量販店が廉価品の仕入先として中国を「世界の工場」として活用しているように、アメリカ側に「ビジネスの敗者」はいないのです。逆に、航空機、自動車、医療機器といったアメリカが競争力を持っている分野については、中国は規模の大きな得意客であるわけです。

 その結果として、保守カルチャーの側は、ビジネス界を中心に「ウィンウィン関係」だという認識を強めていますし、今回の共和党の大統領候補選びでジョン・ハンツマンという親中派候補が全米に認知されているということにもなるわけです。

 では、中国人や中国系アメリカ人のイメージはどうかというと、これは日本人や日系人に比べて圧倒的に数は多いにも関わらず、存在感は静かです。例えば「顔の見える有名な中国人」というのは、俳優のジャッキー・チェン、バスケットのヤオ・ミン、クラシックのピアニストであるラン・ランぐらいでしょう。カルチャーについて言えば、京劇がたまに公演に来るぐらいですし、中華料理は大変に普及していますが完全にアメリカナイズされており、どちらかと言えば忙しい時に食べる庶民的な食べ物というイメージを持たれています。

 周囲を見渡せば、確かに中国系は多いが多くは模範的なアメリカ人だし、中国から来る留学生やビジネス関係の人々も普通に英語を話すので違和感はない、そんなイメージもあります。せいぜいが、「タイガーマム」と言う言葉に象徴されるように、極めて教育熱心な家族が多いということが意識されるぐらいで、取り立てて大きなプラスのイメージも、マイナスのイメージもないように思います。

 そんなわけで、中国のカルチャーや人々がアメリカに対して行使している「ソフトパワー」というのは、いわゆる「クールジャパン」現象で日本が持たれているような「プラス」の影響力はない代わり、特段の「マイナス」というイメージも持たれていないように思います。

 勿論、南スーダンで見せたような中国の外交姿勢、特にロシアと組んで米欧の動きの足を引っ張るような行動パターンには、かなり頭に来ている人もいますが、そうした声の多くは「ニュース中毒」の一部の人々であり大都市の民主党支持者が中心です。また、中国が「反テロ」の錦の御旗に公然と反抗したり、アメリカの警戒している核拡散に甘い姿勢を取るようですと、アメリカの世論は硬化する可能性は勿論あります。ですが、今現在の動向としては、そうした臨界点はまだまだ先と思います。

 そんなわけで、平均的なアメリカ人の対中イメージというのは、非常に冷静だということが言えると思います。対中イメージが冷静であればこそ、オバマ=ヒラリーは南シナ海を舞台に「節度ある冷戦もどき」のゲームが可能になるということが言えます。

 その「節度」ということについて言えば、今回ヒラリーがミャンマーを電撃訪問したあたりに見て取ることができます。ミャンマー軍事政権がスー・チー女史の復権を認めたり、軟化を見せている背後にはスポンサーである中国の意志があるわけですが、ヒラリーがミャンマーを訪問したというのは、中国の合意の下で進んでいる「軟化」を評価するという姿勢がハッキリあるわけです。

 つまり、中国を全面的な「封じ込め」の対象として見ているのではなく、様々な面で国際的なルールに則した行動をというメッセージを中国に対して送り続ける、それがオバマ=ヒラリーの立場だということなのです。アメリカの対中国戦略は、冷静な世論に支えられた原則論が中心であり、危険なレベルまで緊張が拡大するという可能性は少ないと思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

対ロ軍事支援行った企業、ウクライナ復興から排除すべ

ワールド

米新学期商戦、今年の支出は減少か 関税などで予算圧

ビジネス

テマセク、欧州株を有望視 バリュエーション低下で投

ビジネス

イタリア鉱工業生産、5月は前月比0.7%減に反転 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story