コラム

「カダフィの首」の「値段」を気にするアメリカのアジア政策とは?

2011年10月24日(月)11時59分

 死亡の確認されたリビアの独裁者カダフィ大佐に関しては、難民のような生活をして潜伏していたとか、この種の出来事にありがちな「真相」記事が多く流れてきます。その一方で、従来のアメリカでは見られなかったような切り口の議論も出始めています。

 例えば、中道系の論壇誌「ナショナル・マガジン」の電子版に掲載された『独裁者1名、1ビリオン』という記事です。これは、ケビン・バロンという国防総省に近い軍事ジャーナリストが書いているのですが、今回の「カダフィ殺害」に至ったリビアの反政府運動を直接支援した米軍の作戦コストは総額でほぼ1ビリオン(10億ドル、約760億円)であったとして、そのコストを問題視した内容です。

 9・11のテロ以降の「ブッシュのアメリカ」にしても、その前の「世界の警察官としての絶対的な地位」を誇ったクリントン時代にしても、こうした軍事行動に関しては「アメリカの安全」であったり、「その土地の自由と民主主義の実現」あるいは「民間人被害への救援」といった「カネに変えられない崇高な目的」のために遂行されるという認識が強かったのです。

 ですが、現在は違います。他でもないアメリカが財政危機に直面する中で、左右両陣営共に「軍事費も聖域化せず」というコストカットに邁進しているのが現状なのです。そうした「空気」を良く示しているのがこの『独裁者1名、1ビリオン』という記事だと思います。

 こうしたトレンドに関して、アメリカが軍事費の抑制、つまり軍縮に進んでいるということは世界の平和のためには良いことだという受け止め方は可能です。ですが、その軍縮が急激なものであったり、極端なものであれば、世界のパワーバランスに大きな影響を与える、そうした問題意識も必要だと思われます。

 例えば、現在アメリカの外交当局は野田政権に対して、辺野古沖スキームという「合意事項」の履行を強く迫っています。一見すると、野田政権に保守色の匂いがあるので「押せば何とかなる」という期待感や、あるいはそれ以上にオバマ政権として「もう待てない」というゴリ押し姿勢のような印象を与えます。

 ですが、オバマ政権としてこの問題で焦っている背景には、軍事費の大幅な削減がどんどん具体化する中で、「これ以上に時間を費やすようだと合意事項に関するアメリカ側の支出スキームも崩れてしまう」という危機感があるように思います。

 それでも良いではないか、時間切れで辺野古埋め立てが流れればそれで良いではないかという観点もあるでしょう。ですが、仮にこの問題でアメリカが急激なコストカットに走るとなると、従来のようなパワーバランスを重視しなくなる危険もあるのです。

 その点で気になるのは、共和党サイドの動きです。一連の大統領候補ディベートを見ていますと、口達者な黒人のハーマン・ケインや、中道実務家のロムニー、ペリーの争いという構図ばかりが見えますが、討論全体を見ていると「軍事外交に関する関心の低さ」に驚かされます。

 共和党は仮に2013年以降の政権を担当した場合は、オバマとは全く異なる形で軍事費の削減に突っ走るでしょう。とは言っても、イスラエルとの同盟関係や、その延長でのイランとの確執などは「相変わらずの共和党らしさ」として引きずる可能性はあります。現に、今回のオバマの「年内のイラク完全撤兵」宣言には、反対の声がバックマン候補などから強く出ています。

 では、共和党はどこで「思い切った軍縮」をやるのでしょう。恐らくそれはアジアになると思われます。一連の大統領候補のディベートを見ていますと、支持率1%のジョン・ハンツマンという候補がいつまでも撤退しないので、何となく不自然に思われるのですが、ハンツマン候補には1つの役割があるのです。それはディベートの中で、中国の人民元の「ドル追随政策」や、中国における言論の自由の問題が出てくると、決まって登場するという役割です。

 ハンツマン候補の役割は決まっていて「ご説はごもっともですが、中国には中国の事情があり急激な改革は中国経済、ひいては世界経済を破滅させるわけで、ここは慎重に」という「お決まりのセリフ」を言うのですが、このセリフが出ると何故か議論は別の話題になるのです。ちなみに、このジョン・ハンツマンという人はつい先日まで中国駐在のアメリカ合衆国特命全権大使つまりアメリカの中国大使だった人物です。

 このハンツマン氏の存在から見えるのは、仮に2013年に共和党政権ができたとしたら、それはブッシュ時代以上に親中になる可能性が強いということです。ということは、南シナ海や東シナ海などで「言うことは言わせてもらうヒラリー外交」とは違い、もっとハッキリとした形で中国の次期政権との蜜月が演出される可能性もあると見なくてはなりません。

 つまり、従来は日本の常識だった「民主党は親中、共和党は親日」というスキームが大きく動く可能性がある、それもブッシュ時代の兆候よりも更に踏み込んでくるという可能性があるわけです。これにプラスして「カダフィの首は1ビリオン」的な軍事費への厳しい視線が重なると、在日米軍の位置づけも変わってくるし、日中のパワーバランスの変化も構わないという流れが出てくることもあり得ます。

 中国が社会の近代化を遅らせたままで、東アジアにおける政治・経済・軍事のプレゼンスを肥大化させることを許すというのは、中国社会が近代化へのソフトランディングに成功する可能性を低め、逆に大きな破綻をした際に地域全体に大きな影響を与える懸念の増大を意味するという理解も可能です。そのような観点から見ますと、こうした共和党の「親中・軍縮路線」はこれまでの日米関係を根底から揺るがす可能性を秘めていると考えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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