コラム

「フジ子・ヘミング現象」の何が問題なのか?

2011年09月28日(水)12時05分

 では、このまま専門家や音楽ファンからは「下手」とか「許せない」などとボロクソを言われる一方で、「現象」は続くという対立構図が続いてもいいのでしょうか?

 私はこの妙な対立の背後には深刻な問題があるように思うのです。それは、結局のところ専門家や音楽ファンは「フジ子・ヘミングの演奏に感動している人」をバカにしているという問題です。例えば、ヘミング女史の演奏を聞いて初めてショパンの魅力を知った人に対して、「ノクターンだけでなく、マズルカやバラードも聞いてみれば?」とか「エチュードは全部で12曲のものが2セットあって、有名なものをバラバラに聞くのもいいけど、続けて聞くと全体の構成がカッコ良いんですよ」というようなアドバイスならまだ分かります。

 ですが、「アノ人の演奏はダメ。例えばショパンなら、ポリーニとか、ピレシュとか、ブレハッチを聞きなさい」という言い方では、折角ヘミング女史の演奏を聞いて「初めてピアノの音楽で感動した」人に対して、その感動の体験を否定してしまうことになります。それは、その人の人格を否定していると言っても構わないでしょう。そのように人を見下した姿勢がその世界の「敷居を高くしている」ということに反省がなくては、「フジ子現象」をクラシック音楽愛好家の裾野の拡大に結びつけることはできないと思います。

 無国籍者として貧困と孤独の半生を送ったとか、今も天涯孤独でネコ9匹と暮らしているといった、音楽と無関係なファンタジックな人生物語が付随している、その点をバカにする人も多いようです。ですが、そもそもクラシックの音楽というのは過剰なまでの情報量を持っていて、何らかの人生観なり世界観に絡めて理解しないと受け止められない性質があるわけです。

 そう考えると、ピアニストのキャラクターに興味を持つことから音楽に親しみを持つというのは、一種の必然とも言えます。その点で言えば「ブレンデル引退コンサートに巨匠の人生が凝縮されている」とか、「革命と恋に生きたショパン」などという音楽ファンの言い方にしても、人生物語のファンタジーということでは変わらないように思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

UAE、イスラエルがヨルダン川西岸併合なら外交関係

ワールド

シリア担当の米外交官が突然解任、クルド系武装組織巡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story