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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
優しさと一部のおそれと、9・11「十周年」を迎えるアメリカ
9・11の十周年が近づいてきました。全般的に扱いの小さかった各メディアですが、ここへ来て反応が出てきています。一部には「航空機がWTCビルに衝突する瞬間の新たな鮮明映像」とか「WTCから人が落下する写真」など時間の経過したのを良い事に、節操のない報道もありましたが、その他は徹底して「追悼」とか「回復」あるいは「癒し」といったキーワードの扱いが多くなっています。
中でも目をひいたのが、大衆芸能雑誌「ピープル」の特集「9・11の子供たち」でした。9・11の時点で母親のお腹の中にいて、父親がテロで亡くなった後に出生した子供たちも、もう9歳になっているわけで、彼等としては「自分と出会うことなく亡くなった父」の物語を理解し、それを自分のアイデンティティの一部としている、そんな年齢なのです。その子供たち10人の成長の中に「希望」と「未来」を感じて行こうという趣旨の特集はメディアの中でも特に目立っていました。
その9月11日には、「グラウンド・ゼロ」跡地に完成したメモリアル・パークでの追悼の儀式が行われる予定ですが、心配されたハリケーン「アイリーン」の被害もなく、静かに行われることでしょう。もしかすると、今年の5月にオバマ大統領が「ビンラディン殺害」を「報告する」かのように、この地での献花を行ったということで「血塗られたケジメ」が終わっており、今回の「10周年」はその分だけ静かなものになるのでは、ほろ苦さとともにそんな印象もあります。
そんな中、8日(木)の晩には、国土保安省から「テロリストの活動が活発化」しているという緊急情報が流れました。米当局がマークしている「テロリスト」と「協力者」の間に「チャター」、つまり電話やメールなどの交信が急増しており、警戒態勢をレベルアップしなくてはならないというのです。
この種の「テロ警報」というのは、ブッシュ政権時代から時々出されており、オバマになってからもあるのですが、諜報機関として「チャター」を傍受したというのは本当でしょう。ただ、それが本当に深刻なものかは分からないわけで、ある種の政治的効果、つまり念のために警戒しつつ、連邦政府と大統領の権威を誇示する「引き締め」のために「警報」が出されているという面も大きいと思われます。
今回は「チャター増加」の情報に続いて、ABCテレビはもっと具体的な情報をスクープしています。米市民1名とアフガニスタンからと思われる2名が加わって、「10周年」を狙って2台のトラックでの襲撃を計画しており、ターゲットはニューヨークとワシントンという「妙に具体的な」内容なのですが真相は不明です。ただ、この情報が飛び込んできたからといって、「追悼と癒し」の気分が吹っ飛ぶということはないでしょう。
いずれにしても、アメリカには「怒り」や「報復」といった「殺気」はもはやありません。それは、時間が経過したということであり、また様々な理由でアメリカが軍事的な覇権から降りようとしているということもあるでしょう。ですが、それに加えて、世代が更に若い方向へとどんどん変わっているということも大きいように思います。
一学年あたり300万人という膨大な若年層を抱え、毎年その人数が新たに有権者になっていくアメリカでは「10年」というのは大きな意味があります。10年間に高齢者2千万が有権者層から離れ、新たに若年層3千万が選挙権を獲得したと考えると、約2億人のアメリカの有権者の4分の1近くが入れ替わったとも言えるわけです。そうした若年層は「軍事覇権」などというものには関心は薄いのです。まして報復や恐怖の感情からは自由な世代とも言えるでしょう。
歴史的悲劇から年月が経ち、社会からその記憶が薄れていくことを「風化」だとして非難されることがあります。ですが、事件を知らない世代、事件と同時代の感覚で激しい感情を経験しなかった世代が社会に出てゆくことで、事件に対する感情的なトラウマが消えてゆくのであれば、それはそれで良い事のようにも思えます。
勿論、9・11を経験した世代の責任は残ります。勿論、それは怒りや敵意を継承するのではなく、その反対に「9・11以降のアメリカが何を誤ったか」を真剣に反省するという責任です。こちらの方は、10周年を契機にどの程度出て来るのでしょうか? 現時点では分かりません。いずれにしても「チャター」の情報が特にそれ以上のものでもなく、9月11日という日が静かに迎えられることを、願わくはNY地方は穏やかな天候に恵まれることを祈りたいと思います。
(筆者からお知らせ)この「9・11十周年」に関して、以下の番組でお話をする予定です。
・TBSラジオ「久米宏のラジオなんですけど」10日(土)午後1時15分より
・NHKーBS1「地球テレビ100」10日(土)午後10時より
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