コラム

優しさと一部のおそれと、9・11「十周年」を迎えるアメリカ

2011年09月09日(金)12時21分

 9・11の十周年が近づいてきました。全般的に扱いの小さかった各メディアですが、ここへ来て反応が出てきています。一部には「航空機がWTCビルに衝突する瞬間の新たな鮮明映像」とか「WTCから人が落下する写真」など時間の経過したのを良い事に、節操のない報道もありましたが、その他は徹底して「追悼」とか「回復」あるいは「癒し」といったキーワードの扱いが多くなっています。

 中でも目をひいたのが、大衆芸能雑誌「ピープル」の特集「9・11の子供たち」でした。9・11の時点で母親のお腹の中にいて、父親がテロで亡くなった後に出生した子供たちも、もう9歳になっているわけで、彼等としては「自分と出会うことなく亡くなった父」の物語を理解し、それを自分のアイデンティティの一部としている、そんな年齢なのです。その子供たち10人の成長の中に「希望」と「未来」を感じて行こうという趣旨の特集はメディアの中でも特に目立っていました。

 その9月11日には、「グラウンド・ゼロ」跡地に完成したメモリアル・パークでの追悼の儀式が行われる予定ですが、心配されたハリケーン「アイリーン」の被害もなく、静かに行われることでしょう。もしかすると、今年の5月にオバマ大統領が「ビンラディン殺害」を「報告する」かのように、この地での献花を行ったということで「血塗られたケジメ」が終わっており、今回の「10周年」はその分だけ静かなものになるのでは、ほろ苦さとともにそんな印象もあります。

 そんな中、8日(木)の晩には、国土保安省から「テロリストの活動が活発化」しているという緊急情報が流れました。米当局がマークしている「テロリスト」と「協力者」の間に「チャター」、つまり電話やメールなどの交信が急増しており、警戒態勢をレベルアップしなくてはならないというのです。

 この種の「テロ警報」というのは、ブッシュ政権時代から時々出されており、オバマになってからもあるのですが、諜報機関として「チャター」を傍受したというのは本当でしょう。ただ、それが本当に深刻なものかは分からないわけで、ある種の政治的効果、つまり念のために警戒しつつ、連邦政府と大統領の権威を誇示する「引き締め」のために「警報」が出されているという面も大きいと思われます。

 今回は「チャター増加」の情報に続いて、ABCテレビはもっと具体的な情報をスクープしています。米市民1名とアフガニスタンからと思われる2名が加わって、「10周年」を狙って2台のトラックでの襲撃を計画しており、ターゲットはニューヨークとワシントンという「妙に具体的な」内容なのですが真相は不明です。ただ、この情報が飛び込んできたからといって、「追悼と癒し」の気分が吹っ飛ぶということはないでしょう。

 いずれにしても、アメリカには「怒り」や「報復」といった「殺気」はもはやありません。それは、時間が経過したということであり、また様々な理由でアメリカが軍事的な覇権から降りようとしているということもあるでしょう。ですが、それに加えて、世代が更に若い方向へとどんどん変わっているということも大きいように思います。

 一学年あたり300万人という膨大な若年層を抱え、毎年その人数が新たに有権者になっていくアメリカでは「10年」というのは大きな意味があります。10年間に高齢者2千万が有権者層から離れ、新たに若年層3千万が選挙権を獲得したと考えると、約2億人のアメリカの有権者の4分の1近くが入れ替わったとも言えるわけです。そうした若年層は「軍事覇権」などというものには関心は薄いのです。まして報復や恐怖の感情からは自由な世代とも言えるでしょう。

 歴史的悲劇から年月が経ち、社会からその記憶が薄れていくことを「風化」だとして非難されることがあります。ですが、事件を知らない世代、事件と同時代の感覚で激しい感情を経験しなかった世代が社会に出てゆくことで、事件に対する感情的なトラウマが消えてゆくのであれば、それはそれで良い事のようにも思えます。

 勿論、9・11を経験した世代の責任は残ります。勿論、それは怒りや敵意を継承するのではなく、その反対に「9・11以降のアメリカが何を誤ったか」を真剣に反省するという責任です。こちらの方は、10周年を契機にどの程度出て来るのでしょうか? 現時点では分かりません。いずれにしても「チャター」の情報が特にそれ以上のものでもなく、9月11日という日が静かに迎えられることを、願わくはNY地方は穏やかな天候に恵まれることを祈りたいと思います。

(筆者からお知らせ)この「9・11十周年」に関して、以下の番組でお話をする予定です。
・TBSラジオ「久米宏のラジオなんですけど」10日(土)午後1時15分より
・NHKーBS1「地球テレビ100」10日(土)午後10時より

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story