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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
観光庁CFのミスは極めて初歩的だという理由
人気グループ「嵐」を起用した「日本への観光キャンペーンビデオ」については、本誌の8月24日号掲載のコラム「嵐がニャーと鳴く国に外国人は来たがらない」で仏フィガロ紙記者、レジス・アルノー氏がバッサリ切り捨てていました。その記事を紹介する本誌編集部の小暮さんのコラムもかなり辛口でしたので、さっそく映像を見てみました。
私は、この欄で批判したCNNに制作と放映を依頼したらしい外務省の「アリガトウCM」と同じ種類の「間違い」が起きているのかと思ってみたのですが、少々違うようです。今回の「嵐がニャー」のミスは極めて初歩的なものです。それは「人間ゆるキャラ」とでも言うべき演出が、全くドメスティック(国内限定)だということに気づいていないという問題です。
このCMのコンセプトは単純です。嵐のメンバーが、日本の各地(東京、京都、鹿児島、沖縄、札幌)に行ってそれぞれの風物を紹介するのですが、その際に「お客さんいらっしゃい」という意味で「招き猫」を持ってゆき、嵐のメンバー、もしくはその土地の人という設定の登場人物に「ニャー」といって「招き猫の格好」をさせて、それを「決め」のポーズにするという演出です。
どんな効果があるのかというと、有名人がネコの真似をすること、またそのネコの真似が「招き猫」のポーズになることで、一種の「ゆるキャラ」的にフォーカスしたキャラクター・イメージが親近感と共に発生するからです。またその「招き猫」ポーズが、ファンシーグッズのキャラクターと同じようにイノセントなものであり、それが高圧的とか権威的という悪印象を与える可能性がゼロだという、極めて「安全」なものだからです。
では、どうしてそうした「人間ゆるキャラ」が歓迎されるのかというと、価値観の多様化した社会では、二枚目路線、国際派、マッチョ、知性派や芸術家肌など「特定の価値観に基づいた権威」が万人に受け入れられるということはなくなったからです。そんな中、価値観に共感できないまま、権威だけのメッセージが来ると多くの人は不快に思うようになる、そんな社会になっているのです。
そこで「高低の感覚」ではほぼゼロの度数に当たる「ゆるキャラ」でアプローチするのが「不特定多数」対象の表現では、当たり前になってきたわけです。私はこうした文化的な環境は少々「面倒な社会」だと思いますが、どうしようもない社会的・文化的な因果関係の順序でこういう状況になったということは否定できないし、むしろ他の文化圏に先んじて実験的に試行がされている現象の一つというイメージも持っています。要するにそのまま受け入れるしかないということです。
ですが、こうした文化的な環境と、それに基づいた「人間ゆるキャラ」がPRの表現として有効だというのは、日本国内限定だということは間違いありません。観光庁は、そのことに全く気づいていない、今回のミスが初歩的なものだというのはそういう意味です。
一方で、細かな点を見てゆくとキリがありません。120カ国以上に流すのであれば「ビールで乾杯するな」(アルコールへの忌避文化を持った地域には使えなくなる)とか、「ジンギスカン(?)をクローズアップするな」(地域によっては肉食タブーもある)、「そもそもネコがニャーと鳴くとは限らない」(言語によって鳴き声も変わります)、「鹿児島とか札幌とか沖縄とか、地図で示せ」(日本初心者向けではないのかもしれませんが)、とか具体的にも色々とツッコミどころはあるわけです。
そもそも「招き猫」いうのはアジア圏、特に中国圏では「カネを落とせ」とか「商売繁盛」という狭い意味に使われることが多いものです。特に台湾などでは金ピカの「招き猫」も長年人気がありますし、そもそも小判を抱いたものが多いなど、ストレートに「カネ」というイメージに結びついているわけで「日本をPRする」には相応しくないとも言えるでしょう。そもそも文化圏によっては「招き猫」というキャラクターを知らない人もいるわけで、その場合は「ネコの真似をして、まるで人をバカにしている」という悪印象になるかもしれません。
いずれにしても、今回のCFはビデオクリップとしては相当の作り込みがされているにも関わらず、国内向けの表現技法を海外向けに使ってしまったという、異文化コミュニケーションにおける凡ミスとしか言いようがないケースです。海外の人に「これはつまらないものです」と言って贈り物をしたらまるで相手を愚弄しているように受け取られるというようなミスと同質、同レベルの行動に、巨額な税金が投じられるというのは厳しく批判されなくてはなりません。
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