コラム

観光庁CFのミスは極めて初歩的だという理由

2011年08月22日(月)11時43分

 人気グループ「嵐」を起用した「日本への観光キャンペーンビデオ」については、本誌の8月24日号掲載のコラム「嵐がニャーと鳴く国に外国人は来たがらない」で仏フィガロ紙記者、レジス・アルノー氏がバッサリ切り捨てていました。その記事を紹介する本誌編集部の小暮さんのコラムもかなり辛口でしたので、さっそく映像を見てみました。

 私は、この欄で批判したCNNに制作と放映を依頼したらしい外務省の「アリガトウCM」と同じ種類の「間違い」が起きているのかと思ってみたのですが、少々違うようです。今回の「嵐がニャー」のミスは極めて初歩的なものです。それは「人間ゆるキャラ」とでも言うべき演出が、全くドメスティック(国内限定)だということに気づいていないという問題です。

 このCMのコンセプトは単純です。嵐のメンバーが、日本の各地(東京、京都、鹿児島、沖縄、札幌)に行ってそれぞれの風物を紹介するのですが、その際に「お客さんいらっしゃい」という意味で「招き猫」を持ってゆき、嵐のメンバー、もしくはその土地の人という設定の登場人物に「ニャー」といって「招き猫の格好」をさせて、それを「決め」のポーズにするという演出です。

 どんな効果があるのかというと、有名人がネコの真似をすること、またそのネコの真似が「招き猫」のポーズになることで、一種の「ゆるキャラ」的にフォーカスしたキャラクター・イメージが親近感と共に発生するからです。またその「招き猫」ポーズが、ファンシーグッズのキャラクターと同じようにイノセントなものであり、それが高圧的とか権威的という悪印象を与える可能性がゼロだという、極めて「安全」なものだからです。

 では、どうしてそうした「人間ゆるキャラ」が歓迎されるのかというと、価値観の多様化した社会では、二枚目路線、国際派、マッチョ、知性派や芸術家肌など「特定の価値観に基づいた権威」が万人に受け入れられるということはなくなったからです。そんな中、価値観に共感できないまま、権威だけのメッセージが来ると多くの人は不快に思うようになる、そんな社会になっているのです。

 そこで「高低の感覚」ではほぼゼロの度数に当たる「ゆるキャラ」でアプローチするのが「不特定多数」対象の表現では、当たり前になってきたわけです。私はこうした文化的な環境は少々「面倒な社会」だと思いますが、どうしようもない社会的・文化的な因果関係の順序でこういう状況になったということは否定できないし、むしろ他の文化圏に先んじて実験的に試行がされている現象の一つというイメージも持っています。要するにそのまま受け入れるしかないということです。

 ですが、こうした文化的な環境と、それに基づいた「人間ゆるキャラ」がPRの表現として有効だというのは、日本国内限定だということは間違いありません。観光庁は、そのことに全く気づいていない、今回のミスが初歩的なものだというのはそういう意味です。

 一方で、細かな点を見てゆくとキリがありません。120カ国以上に流すのであれば「ビールで乾杯するな」(アルコールへの忌避文化を持った地域には使えなくなる)とか、「ジンギスカン(?)をクローズアップするな」(地域によっては肉食タブーもある)、「そもそもネコがニャーと鳴くとは限らない」(言語によって鳴き声も変わります)、「鹿児島とか札幌とか沖縄とか、地図で示せ」(日本初心者向けではないのかもしれませんが)、とか具体的にも色々とツッコミどころはあるわけです。

 そもそも「招き猫」いうのはアジア圏、特に中国圏では「カネを落とせ」とか「商売繁盛」という狭い意味に使われることが多いものです。特に台湾などでは金ピカの「招き猫」も長年人気がありますし、そもそも小判を抱いたものが多いなど、ストレートに「カネ」というイメージに結びついているわけで「日本をPRする」には相応しくないとも言えるでしょう。そもそも文化圏によっては「招き猫」というキャラクターを知らない人もいるわけで、その場合は「ネコの真似をして、まるで人をバカにしている」という悪印象になるかもしれません。

 いずれにしても、今回のCFはビデオクリップとしては相当の作り込みがされているにも関わらず、国内向けの表現技法を海外向けに使ってしまったという、異文化コミュニケーションにおける凡ミスとしか言いようがないケースです。海外の人に「これはつまらないものです」と言って贈り物をしたらまるで相手を愚弄しているように受け取られるというようなミスと同質、同レベルの行動に、巨額な税金が投じられるというのは厳しく批判されなくてはなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マネタリーベース3月は前年比3.1%減、緩やかな減

ワールド

メキシコ政府、今年の成長率見通しを1.5-2.3%

ビジネス

EUが排ガス規制の猶予期間延長、今年いっぱいを3年

ビジネス

スペースX、ベトナムにスターリンク拠点計画=関係者
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story