コラム

ずいぶんと忍耐強くなった「オバマのアメリカ」

2011年07月01日(金)13時10分

 今年のアメリカは春先からずっと異常気象が続いています。5月には全米で竜巻が猛威をふるいました。アラバマやミズーリでの惨状は、規模はともかく個々の被災地では日本の三陸と同様の無残な光景を現出させています。竜巻が収まったと思ったら、まだまだ被害が続いているのが洪水です。特に、中西部の多くの州を流れる大河ミズーリ川は、昨冬のワイオミングとモンタナでの記録的豪雪の雪解け水と長期にわたる降雨のせいで、全体的に増水しています。

 モンタナ州からダコタ、ネブラスカという上流では、増水したとはいえ流れが急なことから何とか洪水は避けられる箇所も多いのですが、仮にこうした上流の州でどんどん増水したままで放置すると、下流の大平原で破滅的な規模の洪水になる危険が出てきました。そこで、政府の判断で、陸軍工兵部隊などが動員され、下流の大災害を防止するために、上流の一部の堤防を決壊させて計画的に洪水を起こし、部分的に増水分を上流で「処理」するということになったのです。

 この「計画的洪水」というのが、何とも残酷なもので、水没予定地域では住民が整然と家財をまとめ、家に別れを告げて避難するという光景が繰り返されています。ただ、基本的に政府や軍に対しての信頼があるのか、社会的な混乱はそれほど起きていません。そんなわけで「中西部の北のほう」は「ずぶ濡れ」状態なのですが、逆に南の方は異常高温のために「カラカラ」であり、深刻な山火事が起きています。

 実は、北部の洪水では2カ所の原発に増水した水が迫ったり、南部の山火事ではアメリカの最先端の核関連技術の研究をしている「ロスアラモス国立研究所」に火が迫ったりしています。どちらも、天災の脅威が原子力施設に迫っているということで、連日ニュースになっていますが、政府の対応、各発電所や研究所の対応で、今のところは事故には至っていません。この点に関しても、報道は多いのですが、世論は平静です。

 一方で、アメリカの経済の方は、延々「超スローな景気回復」が続いているわけで、悪くはなっていないのですが、一向に「本格回復」の兆しは見えません。毎週、毎月の雇用統計は同じように「曇り」であり、住宅価格は下げ止まったと言われつつ、州にもよりますが底値を這っているわけです。そこへ、ギリシャの危機とか、中国のインフレなどの話が来ると怖くなって株が下がる、一息つけば上がる、という雰囲気も、これまたずっと同じような感じで続いているのです。

 では、アメリカ人はそうした「スローな景気」に我慢できず、もうオバマ政権を見放そうとしているのでしょうか? 必ずしもそうではないようです。政治の世界では、アフガン撤兵問題などは、もう過去形になり、今は「財政赤字削減」が大きなテーマになっています。ここでは、共和党とオバマの民主党が激しく対立しているのですが、ここでもお互いに妙に忍耐強い感覚があります。

 こうしたアメリカの雰囲気は何を物語っているのでしょう? 20世紀までの、いやリーマン・ショック以前のアメリカが持っていた、やたらに楽観的で派手でスピーディな、あるいは何でも拙速に行動に移す気風は確かに消えています。では、アメリカは悲観的になり、自信を失っているのかというと決してそうとも言えません。

 多くのアメリカ人は「すぐにではないか、やがて経済も雇用も良くなる」ことを信じていますし、自然災害への政府の対処方針についても、人々は信頼を寄せているのです。そうした意味で、今はひたすら忍耐の時期であり、事を荒立てる乱世ではない、そんな感じです。オバマという大統領も、その政敵であるベイナー下院院内総務も、そうした耐える時代に似合うキャラなのかもしれません。こうした時代が続くようであれば、ペイリンのような「ワイルドカード」が登場する可能性は低いと思います。

 では、どうして「オバマ時代」には人々が忍耐強くなったのでしょうか? 1つには、結果はともかくプロセスに関しては「仕事のできる実務的な政権」という信頼があるということがあります。同時にオバマを支持する若い世代が、複雑な時代と国際的な環境の中で、ある種「物分りの良さ」と「お行儀の良さ」を持っている、その上で1歳当たり300万人という巨大な世代の「層」を形成している自分たちの出番を待っているということが大きいように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルの核施設付近攻撃 初めて長距離ミ

ビジネス

アングル:コーヒー相場に下落予想、「ココア型暴落」

ワールド

アングル:米公共工事から締め出されるマイノリティー

ワールド

再送-米政府、海上停滞中のイラン産原油売却を容認 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公開...母としての素顔に反響
  • 2
    メーガン妃、親友称賛の投稿が波紋...チャリティーの場でにじんだ「私的発信」
  • 3
    BTSカムバック公演で光化門に26万人、ソウル中心部の交通を遮断 ──「式場に入れない」新婦の訴えに警察が異例対応
  • 4
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 5
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 6
    「日本人のほうが民度が低い」を招いてしまった渋谷…
  • 7
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 8
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 9
    まずサイバー軍が防空網をたたく
  • 10
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 4
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 9
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 10
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story