コラム

被災地へ、被災地から(その2)

2011年06月01日(水)11時57分

 被災地から東京に一旦引き上げると、ニュースは内閣不信任案の扱い一色でした。一方で、台風崩れの低気圧が北上し、被災地には大雨が降りました。陸前高田も被害に遭っていると聞き、胸の痛むのを覚えました。

 一方で、政治は迷走しているように見えます。とりわけ現在進行中の不信任案を巡る動きは、被災地が渇望している復興事業を停滞させるものとして激しい非難を浴びています。そんな中、週明けには被災地に隣接した高台では、住宅地ニーズを見越して土地が暴騰している、そんなニュースも伝えられています。

 では、このまま「政治を悪者に」し続けて、事態を更に悪化するのを眺めるしかないのでしょうか?

 あるいは、一切の政争を否定して現政権下での決定を急がせる、これに対して野党が妨害したとしても、それを被災地の「正義」の名で断罪し続ければ、とにかく何かが決まり、何かが動き出すのでしょうか?

 例えば、自民党の谷垣総裁が、突然「政争はやめます。復興会議の結論から政府案が出てきたら丸のみします」と宣言したらどうでしょう?何かが決まり、何かが動くのでしょうか?

 どれも違うと思うのです。

 私は現在の政争とは、別に政治家が無責任であるとか、被災地の心情に冷淡だから起きているものだけだとは思えません。混迷が示しているのは、与野党共に政策を絞りきれない困難であり、その困難とは財源問題という一点に絞られると思います。

 その一点とは何か?

 それは与野党それぞれが抱える深刻な「ねじれ」です。

 まず菅政権の立場ですが、基本的には日本経済の反発力と言いますか、再度の成長路線への回帰を志向していると思います。例えばエネルギー政策に関して言えば、原発へのある程度の依存を続けることをG8でも打ち出しています。いわゆるバラマキ的な支出には慎重ですし、復興計画に関してもビジネス的な観点から「採算性・成長性」を重視しているように見えます。

 ところが菅首相の近くには与謝野大臣がいて、増税という原資を強く主張しているわけです。現時点で強く増税を言うというのは、日本経済の現在の支払い能力から原資を出すということであり、基本的には将来への悲観論です。ここに「ねじれ」があるわけです。

 やろうとしていることは、リスクを取ってでも成長性を狙う話なのに、財源は現在の日本経済の実力に依存し、そこには将来への悲観論がある、これでは選択のしようがありません。「菅政権では復興はムリ」という批判は、この点では確かに説得力はあります。

 ところが、これに対抗する「自公+小沢グループ」は、30兆円のパッケージ提案(復興に20兆+景気に10兆)のように、かなり大胆です。また「政権交代時の公約順守」という流れでバラマキ的な姿勢も残っています。そもそも復興と景気を分ける考え自体、復興計画にどこまで「採算性・成長性」を考えているのかが曖昧です。

 エネルギー戦略も、過去の原発推進への責任や一貫性をすっ飛ばして「脱原発」ですが、仮に本気であるのであれば、これは「脱成長性」的な姿勢と理解すべきでしょう。問題は、にもかかわらず財源としての増税に反対し、国債などのファイナンスを考えているということです。返せるストーリーになっていないのに、カネだけ借りてバラマキを続ける、これでは、菅+与謝野路線とちょうど裏返しですが、支離滅裂ということでは同じです。

 要は、バラマキや脱成長なら、今の日本経済の実力内で、つまり増税という当座のキャッシュフロー内でやるべきだし、成長へとリスクを取ってやってゆくのなら、堂々と国際市場から資金を調達してやるべきだと思うのです。

 例えば、陸前高田のように失うものは何も残っていないところでは、恐らくは後者、投資リターンがプラスになることを中心に自立できる地域経済の再興に進むしかないように思われます。

 政争は醜悪ですが、騒動を通じて、なんとか財源問題の「ねじれの解消」へと向かう、それが政策決定のために必要です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story