コラム

CNN向け「アリガトウCM」が「残念」な理由とは?

2011年04月27日(水)13時06分

 東日本大震災に対してアメリカは米軍を中心に多くの支援をしました。日本政府として、これに謝意を示すのは良いことだと思います。また、このCM放映に際して日本サイドのクリエーターの方が、政府の細かな注文や規制などに耐えてCMを作ったと察すると、安易に批判するのは失礼かもしれません。ですが、26日からケーブル局の「CNNヘッドライン」で放映の始まった、この「アリガトウCM」を評価することはできません。

 そこには日本の対外的な広報に見られる誤りの典型があるからです。厳粛な時に厳粛な意図で行われたことを批判するのは気が重いのですが、こういう時に学べなくては永遠に学べないと考え、あえて申し上げる次第です。

 まず「顔」が見えません。

 謝意を示す際に、一切「顔」の見える個人が出てこないというのは異様であるのと同時に主旨が伝わらない危険があります。「無名のネイティブ英語話者の声優」をナレーターに使っているのも良くありません。日本が感謝するのなら日本人が出てきて喋るのは当然であるのに、謝意というパーソナルなメッセージを「外部の人にお金を払って頼んでいる」という印象を与えるからです。

 総理や官房長官など現政権担当者が出てくると日本では「偉そう」だと思われるのなら、小沢グループや自民党を含む過去数代の総理経験者が一緒に登場する、それがムリなら被災3県の知事など、いくらでもやり方はあるでしょう。例えば警察、消防、自衛隊の若い男女に出てきてもらうのもいいかもしれません。主旨を良く説明して被災者の方にお願いするというのも、十分考えられます。

 とにかく「顔」です。「顔」の見えない謝意というのは考えられません。

 CMの内容についても、まず何のメッセージだか良く分からないという問題があります。

 とにかく「地震、津波、原発事故」という言葉が全く入っていないので、ニュース好きの人間以外には何のCMだか分からないと思います。瓦礫の写真だけを見ると、アメリカでは竜巻被災地に誤解される可能性もあります。「ジャパン」という文字だけで「察してくれ」というのは、日本的なエラーだと思います。

 そのナレーションですが最初の "Thank you all of you understood." (理解してくださった皆さんに感謝)というのから意味不明です。理解するとは何なのでしょうか? 激甚な災害だと理解したということなのか、支援が必要なことを理解したのか、それとも「危険な放射能の中で米軍が活動すること」に理解を示したことなのでしょうか?

 そもそも「理解してくれた人に感謝する」という表現自体が妙です。これだけ大変な事態にも関わらず「理解してくれた人」だけに感謝するというのは、「理解しない人もいる」という疑念を持っているように響くために、英語では不自然だからです。

 支援者の家族に感謝するという部分も引っかかります。アメリカの軍人の家族には独特のプライドがあって、送り出す辛さについて「支援対象の外国から」感謝されるのはそんなに喜ばないように思います。そもそも、米軍が支援してくれたという経緯を知らない人には、ハッキリした説明がないので、この部分も良く分からないでしょう。

 一番不自然なのは、最後の"From us to you、アリガトウゴザイマス" という表現です。「自分たち」とは誰であって、「あなた」とは誰なのか? この匿名性も不気味です。自分たちという主語も、日本の国民なのか、被災者なのか、政府なのか明確でないと英語では不自然なのです。「あなた(がた)」について言えば、日本の報道では「アメリカ人向けの限定ではない」という主旨だという話も伝わってきますが、それならそう言うべきで、人称代名詞の使用法としてバツです。

 更に英語アクセントの「アリガトウゴザイマス」というのも変です。英語圏には「ガイジン発音」の方が分かりやすいと考えたのかもしれませんが、とにかく国を代表したメッセージとして誤った日本語のアクセントのナレーションを出すというのは、おかしな話です。

 もう1つはタイミングです。

 まだ仮設住宅もできていないのです。福島第一は冷温停止には程遠い状況にあります。復興はまだまだ先であり、被災地の現場では緊急事態が続いているのです。そんな中で、アメリカ社会に対して謝意を表明するのは早いと思います。米軍が当初の任務を終えつつあり、引き上げてゆく部隊に対して、直接の窓口や外交当局が謝意を表明するのは分かります。ですが、日本国を代表してアメリカ社会に対して謝意を表明するのは早いと思います。

 技術的な面や資金の面などでまだまだ支援が必要なのに、カネを使って早期に謝意を表すというのは、体面を気にしてムリをしているという印象があります。アメリカでは、民間も財界もまだまだ募金活動を続けていることもあり、また義援金の分配が完了していないということも考え合わせると、やはり時期尚早です。

 そもそもこのCMですが、どうして「CNNヘッドライン(HLN)」という局で放映するのでしょうか? 一部の日本の報道では、CNN側からアプローチがあったという言い方がされています。仮にそうであっても、「CNN」の本局や「CNNインターナショナル」なら良いのですが「ヘッドライン」という選択はおかしいと思います。

 10年ぐらい前までは、確かに「CNNヘッドライン」というケーブル局があり、30分おきに最新のニュースを24時間流すというフォーマットで、そこには一流のキャスターが多くのニュース情報を効率的に報道するというスタイルがありました。出張先で最新のニュースをチェックしたり、忙しい人が朝起きて、あるいは就寝前にニュースをチェックするという目的で、重宝され信頼もされていたのです。

 ところがインターネットの普及により、このスタイルは不要になりました。そこでCNNは、「ヘッドライン」のチャンネルを2001年から2008年まで段階的な試行錯誤を経て、全く別のコンセプトに変えたのです。チャンネル名も今は「CNNーHL」という名前から更に「HLN」へと変わっています。そのコンセプトですが、一言で言えば「タブロイド版の新聞」の感覚です。

 芸能情報と殺人事件などを中心に、まるでラジオのDJのようなキャスターが「キャラ全開」で好きなことを喋る、そんなフォーマットです。一番の人気キャスターは「ナンシー・グレース」女史で、彼女の番組は一応司法報道を扱うことになっていますが、中身はセンセーショナルなゴシップ仕立て100%という作りです。

 つまり、現在のHLNはCNNの本局とは対象が違い、「国際ニュースや政治経済」には興味の「ない」人向けのチャンネルなのです。3月後半から4月にかけて、そのCNN本局などの「まともなニュース局」が日本発の震災と原発のニュース一色になっていた時も、延々と芸能と殺人事件を流していたのがHNLです。今回のCMのターゲット層には全く合っていません。

 更に言えば、昔のように30分サイクルでヘッドラインをローテーションしてゆく形式ではないので、ナンシー・グレースのファンは最低は60分はこの局にチャンネルを合わせます。そこへ、ものすごい本数同じCFを流すのは非効率という問題もあります。

 今からでも遅くないので、ナレーターを代え(例えば渡辺謙さんなど)、原稿を手直しし、放映局をCNNの本局に変えるべきです。大事なことには、どうか心を込めて欲しいのです。謝意という大切なメッセージがこのままでは届かないと思います。

*編集部から連休のお知らせ
連休中は当ブログの更新をお休みします。次回のブログエントリは来月9日の予定です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは156円前半へ小幅高、衆院選後見越

ビジネス

アングル:金反騰でも株式市場にくすぶる警戒、25日

ビジネス

三菱重の通期純利益、一転過去最高に ガスタービン需

ワールド

米、ベネズエラ原油の初回売却分全額引き渡し 5億ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 4
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 5
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 6
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 7
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 8
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 9
    最長45日も潜伏か...世界が警戒する「ニパウイルス」…
  • 10
    ICE射殺事件で見えたトランプ政権の「ほころび」――ア…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 5
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 6
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 7
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 8
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 9
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 10
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story