コラム

大相撲の再生は可能か?

2011年02月07日(月)12時25分

 それにしても、いわゆる「八百長事件」が明るみに出て本場所が中止されるという事態はやはり大変なことです。ここまで「動かぬ証拠」が出てしまうようでは、競技の形態から協会組織のあり方まで、何もかもがひっくり返されてしまうかもしれません。ただ、問題の本質は「八百長」にあるのではないと思います。何と言っても相撲の活気が衰退したということが背景にあります。その理由は、大相撲の魅力であった「野性味+出世物語+祝祭性」という三拍子が、崩壊してしまったということにあると思うのです。

 この三点の中では「野性味」というのが核です。私事にわたりますが、私の生まれ育った家は女系が大の相撲好きで、物心つくかつかないときから、基本的にNHKの本場所中継はだいたい見ていたと思います。ただ、本当に熱中できたのは「北玉時代」までで、玉乃島改め横綱二代目玉の海正洋が肺血栓で急死して以降は、その虚脱感もあって何となく醒めた目で相撲を見ていました。

 その後の相撲も全くつまらなかったわけではなく、例えば関脇から大関へと駆け上がったときの北の湖敏満の勢いとか、保志改め北勝海信芳の集中力などには、活き活きとした野性味があったと思います。ですが、大人気を博した初代貴ノ花利彰の土俵際の綱渡りも、輪島大士の強力な左差しも、千代の富士貢の投げ技や速攻も、線が細過ぎて私の趣味には合いませんでした。まして、若貴時代などというのは相撲そのものが都市化した若者のジム競技に見えて、その頃からは毎場所の流れを追うのも止めてしまっています。

 そんなわけで、私の視点は好角家というのとも違って特殊なのですが、そんな私には今回の問題はとにかく相撲凋落の結果としてしか思えないのです。例えば勝ち越しのかかった勝負での八百長とか、ケガ防止のための取り口の申し合わせなどは、昔からあったという噂もあります。相撲協会としても「無気力相撲」を追放するために躍起になっていた時期もあるのですから、決して火のないところの煙ではないという見方もできます。ですが、問題が深刻化したのは近年のことではないか、私はそう見ています。

 新弟子の入門がどんどん減る中で、三役から幕下までの人材が限りなく固定化していった、これが相撲という組織の活力を奪ったのだと思います。若くして入門し、素質と根気で一気に出世街道を驀進するような関取が出なくなり、とにかく同じような顔ぶれで沈滞しているのだと思います。組織の沈滞は、負け越しを続けなければ長期間生き残れるという風潮を生み、仲間内のナアナアの世界ができていったのでしょう。また全体が高齢化してゆけば、それだけケガの危険は増えるわけで、そこにも「筋書き」を求める切実なニーズが生まれる理由があったのではと思うのです。「野性味」の正反対のカルチャーが蔓延して行ったのです。

 いわゆる「タニマチ」という贔屓筋についてはカネの関係で不透明な部分があり、例えばお金持ちの薄汚い道楽のように見られている面も仕方がないのかもしれません。ですが、日本が戦後の混乱から立ち直って行く過程で、リスクを取りながら自営業の拡大に努力していた中小企業のオーナー衆にとっては、地方から上京してきた10代の野性味溢れる若者が出世街道を驀進していく姿は、自分の夢や日本社会・日本経済の拡大の物語にシンクロしていたのだと思います。その熱気が消え失せる中で、相撲文化もまた衰退していったのでしょう。

 モンゴル勢や欧州勢には、その「相撲の野性味」を再現する期待があったのですが、それも期待はずれでした。相撲の本質を理解しない形式主義や「かくあるべき」主義に潰されてという風にも見えますが、少し違うのではと思います。彼等ここ10年ぐらいの外国人力士というのは、異文化に興味を持つ知的な若者であって、「日本人の失ったハングリー精神」を持っているというのとは少し違うように思うのです。トラブル続きだった朝青龍関についても、彼が粗野であって日本の格式と衝突したというよりも、彼なりの知的な価値観を日本サイド(特にメディア)が全く理解しなかったことで不協和音が拡大したというのが本質だと思うのです。

 結果的に「野性味溢れる若者が出世街道を驀進し、それが様々な仕掛けで祝祭化される」という「相撲の醍醐味」は雲散霧消しているように思います。八百長は論外ですが、自信なさそうに大量の塩をまく関取や、ゼイゼイ荒い息を弾ませながら年齢と戦っている関取が人気を博する一方で、知的な外国人力士が流暢な日本語で技術論までペラペラ喋るというのでは、祝祭性ということでは、そこにワクワクするようなものは感じられないのです。こうなったら、落ちるところまで落ちる中から、本当の厳しさと愛情をもった指導者とファンによって、コツコツと相撲を再生させてゆくことに期待をかけるしかありません。

 そのためには松竹の歌舞伎興行のように民営化してスポーツ・エンターテインメント市場における競争力に晒すことが必要だと思います。その一方で、本場所の規模は縮小して幕下以下は全寮制の「宝塚音楽学校」のような厳格な訓練期間のトレーニー的な扱いにする、その上で技や勝負勘だけでなく、伝統芸能としての儀式性、格式、立ち居振舞いまでを仕込んで、本当に世界に出して恥ずかしくない伝統文化としてクオリティを保つべきでしょう。そうした体制を整えた上で、本当にハングリーで素質のある若者を世界から集めるべきです。

 ちょうど、こちらアメリカではNFLのスーパーボウルが行われ、グリーンベイ・パッカーズがピッツバーグ・スティーラーズを下して優勝しました。寒波にも負けずに、テキサス州オースチンには十万人の入場者だけでなく、場外観戦者も含めて多くのファンが集まりました。独占中継権を持っているFOXはこの中継だけで、CF放映料金を2億ドル(170億円弱)を稼ぎ出し、新記録になったと言います。試合は終始パッカーズがリードしたものの、スティーラーズも何度かモメンタムを奪うことがあり、好試合でした。

 景気が戻ったのを良いことに、懲りずにお祭り騒ぎをしているという批判もできます。ですが、その国のスポーツ文化というものは、そこに人々が熱狂できる軸があることで、好況時の消費だけでなく、逆境をはね返す活力の源泉になる部分もあるのです。守るべきものを守ることで、マイナスをプラスに転じるパワーが出てくるという、スポーツ文化にはそうした力があるからです。相撲までを袋叩きにして壊してしまうというのでは、日本社会には再生は程遠いことになります。改革が、それも本質的な改革が急がれます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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