コラム

若者の「内向き志向」の原因は「悪いお手本」にあるのでは?

2010年10月29日(金)12時49分

 最近の日本発のニュースでは、やたらに「若者の内向き志向」という話題が目立ちます。「大学では予算があるのに短期留学の派遣定員が埋まらない」「海外旅行の減少は経済事情だけでなく関心の薄さも背後に」「研究者の留学意欲も低い、就職後に海外赴任をしたくない人間が多数派」・・・同じような記事ばかりですが、数字を挙げている記事も多く、やはり傾向としては事実のようです。確かにアメリカから見ていますと、キャンパスの留学生、大都市を歩く観光客、大リーグの応援ツアーなど、一時期と比べると日本人の存在感は激減しています。なるほど「内向き志向」というのは事実のように見えます。

 ですが、ちょっと考えるとそう単純な問題ではないように思うのです。若者に「外国行きをためらわせる」要因には、もっと文化的な、心理的なものがあるのではないでしょうか? それは一言で言って「過去の外国帰りの人々」が「悪いお手本」というイメージを残しているからではないでしょうか? 私自身の自戒も含めて、この問題を考えてみたいと思います。

 悪しき見本の第一は「出羽守(でわのかみ)」タイプです。アメリカ「では」こうなっている。ヨーロッパ「では」こうなっている。とまるで日本は全てダメなようなことを言って、自分の海外体験を自慢するような「外国帰り」の人々は、過去にも多かったですし、今もまだいると思います。日本が海外に「追いつけ追い越せ」と必死になっていた時期には、確かに近代化の先行事例に学ぶ部分は多かったですし、「自分はダメだ」という反省も「頑張れば報われる、明日は今日よりましなはずだ」という確信を疑う必要のない時代には痛みどころか変革エネルギーにすらなったのです。

 ではどうして今は「出羽守」はダメなのでしょう? 人々の自尊感情が低下して自省の論理を受け入れなくなったからでしょうか? 私は違うと思います。実は日本社会の問題というのは人類の未体験ゾーンに入っていて、米国や欧州などよりも先行していることが多いのです。その重さや複雑さを無視して「外国では・・・」とやっても、「偉そうで感じが悪い」以前に「思考停止」を見透かされてしまう時代なのだと思います。つまり「出羽守」のメッキがはがれた時代であり、メッキをはがしてみれば正論を貫く根気も実行計画の具体性もない、単なる「虎の威を借る狐」だということになります。「海外に行って、海外にかぶれてもアノ程度か」と思えば、苦労して行く情熱も冷めるのも当然でしょう。

 逆に「海外で負けて日本至上主義になった」という事例もあまり格好の良いモノではありません。岩倉使節団の一部から、語学留学だけで帰ってきた戦後の政治家2世たちまで、明治以降の日本の歴史にはそうした屈折した人間ドラマがゴロゴロ転がっています。1940年前後に対米戦争を決意したグループの中に、米国留学経験者が多かったというのも典型的な例でしょう。ここ15年ぐらい、世界を揺るがしている「イスラム原理主義」のテロ行為なども、一旦は欧米社会を志向しながら何らかの挫折を経験することで、急に復古的な狭い考え方へと思い詰めていった若者の犯行が多いようですが、これも似ています。人間ドラマの複雑さということでも似ていますし、誰も幸福にしないということでも同じです。

 実は、本当に問題なのは「出羽守」でも「負けて国粋主義」でもないのです。日本社会に昔ほど「海外からの情報ニーズがない」とか「外国帰りが異質な存在として煙たがられる」ということを計算しつくして、海外で得た知識を伝えることもせずに、とにかく「ダンマリ」を決め込むという態度、あるいはそれを強制する組織だと思います。「英語の時間は黙っている帰国子女、そこでネイティブに近い発音を披瀝しても誰も喜ばないのは計算済み」とか「外国帰りが本社で色々言うと目障りだからちょっと工場勤務でリハビリ、それが本人を守ることにもなる」などといった「過剰防衛システム」が本人にも周囲にも出来上がってしまっている、そのことが一番深刻なように思います。才能のある人間に限って頭脳流出、などというのも、案外この辺りに原因があるのかもしれません。

 では、現在は「留学」など必要はないのでしょうか? とんでもありません。現代という時代は、かつてないほど海外の事例に学ぶことが必要な時代になっています。それは、日本が改めて海外の情報を輸入しなくてはならないからではないのです。先進産業諸国ではこの2010年の現在、共通の問題が多くなっているからです。例えば、財政赤字への対処や金融緩和と通貨水準のコントロールなどの「難しさ」は、かつてないほどに各国の悩みは似てきています。環境と経済成長のバランス、移民受け入れと非移民の排斥意識の折り合いのつけ方、教育の機会均等と才能発見のしくみ、教育とネット利用やいじめの問題、更には少子化や非婚の問題、高齢者の生活クオリティの問題、交通渋滞と環境、映画やTVにおける暴力や性表現の規制と表現の自由の確保・・・かなりランダムに書き出してみましたが、こうした問題に関しては、「各国の文化や歴史の違い」よりも「同時代的な課題の共通性」の方が強いのではないでしょうか?

 ということは「各国が国内問題としてバラバラに対応する」よりも、「偶然に文化が異なることから来るアプローチの違い」を情報交換して、より最適な政策、より有効な意志決定の仕組みなどを模索する時代になってきているように思うのです。その場合に、先ほど申し上げたように「課題先進国家」である日本は「問題事例の発信国」として「多くの国に解決法のバラエティをたずねながら自分の解決事例も発信してゆく」ことが必要だし、その情報交換の要になるのではないかと思われます。

 こうした共に考え、事例を学び合うコミュニケーションには「出羽守」式の優越感や「負けて国粋主義」的な劣等感は全く役に立ちません。そうではなくて、実務的で事実に根差した現実感覚や、スピード感や柔軟性など「普遍的な基礎能力」を磨いた人材が自由に各国を行き来してコミュニケーションの要になって行く、そうした時代なのだと思います。考えれば「悪い国際人のお手本」というのは、そもそも「日本より上」の海外を「目指す」人間を作るという、まるで明治時代のような教育観が作りだしたものなのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米メーシーズ、第4四半期利益が予想超え 関税影響で

ワールド

ブラジル副大統領、米商務長官と「前向きな会談」 関

ワールド

トランプ氏「日本に米国防衛する必要ない」、日米安保

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story