コラム

外交には国論の一致が必要なのか?

2010年10月18日(月)13時38分

 毎日新聞の電子版によれば、宮本雄二前駐中国大使が先週、東京都内で講演し「国家は一本の背骨が入っていないとダメだ。ふにゃふにゃした国が外交をやっても、その外交はふにゃふにゃになる」と指摘。その上で「日本では国論が一致しない。(外交官は)国内でエネルギーの7割を使い果たし、3割の力で外に出ていく。国民のコンセンサスを背景にやらせていただければ、納得してもらえる外交がやれる」と述べたそうです。

 発言の是非はともかくエネルギーの7割を世論対応に使っているというのが、政治家との駆け引きや省内の権力闘争ではなく、本当に「分裂した国論」に向かい合って仕事をしている、少なくともそうした意識で仕事をしているのであれば、日本外交も捨てたモノではないと思ったのも事実です。それはそれとして、昨今の複雑化した日中関係を前提に、外交官の仕事量の増加を考えると思わずホンネが出たのだと思います。ですが、この前大使が言うように、外交には国論の一致が必要なのでしょうか? また、そもそも国論の一致は可能なのでしょうか?

 私は全く逆だと思います。というのは、民主主義による選択の範囲に外交を含めること、つまり複数の選択肢を提示して「分裂した世論に選択を委ねる」ことには大きな効用があるからです。例えば、2003年にアメリカの始めたイラク戦争は、特にヨーロッパのアメリカの同盟国では、大きな国論の分裂を招きました。それこそ政治家や外交官は「エネルギーの7割8割」を国内世論対策に使わざるをえなくなったのではないかと思います。

 その結果として、例えばスペインでは親米的なアスナール政権が下野してブッシュの軍事外交路線に距離を置くことになりましたし、逆にフランスやドイツでは米国の路線に近い政権が誕生するなど、様々な動きが出てきています。やや遅れた形ですが、英国の労働党政権が崩壊したのも、ブレア元首相によるアフガニスタンとイラクでの積極的な戦争政策への世論の反対が遠因と言って良いでしょう。この間のヨーロッパは、外交官や政治家だけでなく、世論を構成する一般市民も分裂することによって考え続けたのだと思います。

 それどころか、他でもないアメリカの中にもブッシュ路線の軍事外交には賛否両論の「分裂」があり、その結果として2006年の中間選挙で共和党が大敗したことから、ラムズフェルド国防長官が辞任してイラク戦争に関しては「出口戦略」を前提としたゲイツ路線へと大きな転換が図られることになっています。そのゲイツ長官はオバマ政権でも留任していることを考えますと、この2006年の政変のインパクトは大きかったと言って良いでしょう。

 つまり「国論の分裂」があることによって、世論は考え続け、政治家も外交官もエネルギーを割いてそれと対話をした、その結果として世論が定まっていって、方針の転換が行われたわけです。世論の進化と変化が起きたこと、その結果として政策変更ができたことに加えて、そのように民主主義のプロセスを経てきたことで、政策変更を同盟国を中心とした他国に理解させることができるという効用もあります。密室で外交を行い、かつ突然その方針を変えたのでは、他国の理解を得るのは難しいですが、世論の分裂と変化という過程も含めて変更の決定プロセスが透明化されていれば、相手も受け入れざるを得なくなります。

 中国の問題に関して言えば、政策の選択肢は複数が提示されるべきであり、それがジャーナリズムを介して世論へ投げかけられ、世論にオーソライズされた形で決定される方が「万事安定する」ということを、自由世界は粘り強く見せてゆく必要があります。それは独裁体制を倒すカタルシスを得るためではありません。中国がある臨界点を越えて、高付加価値産業におけるイノベーションを自ら産み出してゆくようになるには、避けて通れない道であるからです。また、そうした政治や社会の自由化なくしては、今後予見しうる将来に懸念される本格的なバブルの崩壊に際して、中国社会はハードランディングに突入してしまう危険があるからでもあります。

 その中国に対しての外交こそ、「一枚岩」ではなく多様な選択肢と自由な言論によって「お手本」を見せ続けることが必要でしょう。外交官としては大変になる、それは分かりますが、この辺りはかなり重要なポイントだと思うのです。例えば、民主党の岡田幹事長は「双方の国民感情をあおると大変なことになる」などと発言していますが、これも世論へのやや見下し気味の姿勢がまるで中国の為政者のようで感心しません。そうではなくて、日本には世論の多様性があり、それ以前に多様性が許されていることを手を変え品を変え、粘り強く発信してゆくことが大事だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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