コラム

「ねじれ」とは「権力を抑えよう」という民意なのでは?

2010年07月28日(水)11時24分

 参院選以来、「ねじれ」を選択した民意とは何かをずっと考え続けてきました。「菅首相は不支持、但し続投は支持」であるとか「自民党の勝利には満足、だが政権復帰には反対」というような世論調査が各社同じように出ている、その本当の意味は何だろうかということです。勿論そこには、政策毎の「パーシャル連合」を含めた真剣な論議への期待もあるでしょう。ですが、それだけではないようです。

 1つのヒントは、アメリカの選挙において有権者が積極的に「ねじれ」を選択するケースがあるということです。アメリカの選挙は、国政の特に議会の選挙というのは常に「ダブル、トリプル」選挙になっています。下院は2年で全員改選、上院は任期6年ですが2年ごとに3分の1が改選になります。これに4年に1度の大統領選がダブってくるわけで、選択タイミングのズレによる「ねじれ」というのは起こりにくくできています。ただ、そうであっても民意が「大統領は共和党、議会は民主党」というような選択をして「ねじれ」を引き起こすことはあり得ますし、実際にそうした結果になったこともあります。

 こうした「ねじれ」の説明として良く言われるのが「バランスを取る」という投票行動です。例えば大統領は人物の魅力で共和党にしたが、福祉政策の拡大を支持しているので議会は民主党にしたとか、あるいは知事は民主党のベテランにしたが、財政を引き締めてもらいたいので州議会は共和党に投票した、というようなケースです。実際に出口調査などを行うと、時と場合によりますが、無党派層だけでなく、共和党や民主党の穏健な支持者の間にもこのような「バランスを取るための投票行動」は見られるようです。また、選挙によって入れる政党を変える「スイング・ボーティング(左右に揺れる投票行動)」も多く見られると言われています。

 ただ、このアメリカの現象にあるのは「バランス感覚」だけではないように思います。アメリカの連邦政府における大統領の権限、そして州政府における知事の権限は強力です。勿論、そうした強力な権力は、直接選挙という民意の付託を通じて与えられているのですが、それにしても強いパワーであるのは間違いありません。時として、民意はその権力を「抑えたい」という意志を持つことがあるのです。特に国政の場合、大統領が選挙の洗礼を受けず、議会だけが改選される中間選挙のタイミングで、こうした判断が起きることがあります。

 例えば2006年の中間選挙では、共和党の大統領を辞めさせるわけではないが、民主
党に議会の多数を与えて牽制させるということになりましたが、これは、上に述べた「バランス感覚」というよりも明らかに大統領の権力に抑制をかけようという意志だったと思います。実は今年2010年11月の中間選挙では、その正反対、つまり民主党の大統領の権力を抑えるために、議会では共和党の勢力を拡大させるようなムードが、現時点ではあります。

 恐らく、今回7月の参院選で「ねじれ」を選択した民意の核にあるのは、これと良く似た「政権に権力を与えたくない」という1点に尽きるように思うのです。確かに日本の場合は議院内閣制であって、首相の権限は米国の大統領ほどではありません。ですが、衆院の多数勢力に支えられた内閣というのは、予算策定などで強大な権限を持つのは間違いありません。これに対して、参院で「ねじれ」を実現すれば、その権力に一定のブレーキをかけることができる、今回の民意はそう理解すべきです。

 ですから、自民党やみんなの党の言うように「大きな政府が否定されて、小さな政府への支持が強まった」という解釈は違うと思います。確かに「もっと厳しく仕分けをしてくれると思ったら、ダメだった」という批判票はあるでしょう。ですが、それは「小さな政府」などという特定のイデオロギーで説明できるものではないように思うのです。例えば、自民党やみんなの党が「自分たちに支持が戻ってきた」からといって、いわゆるセーフティネットのコストダウンに走るようなことがあれば、たちまちソッポを向かれるでしょう。

 この点に関しては、とりあえずこの2010年7月の民意というのは「景気や格差の問題が不安な中、限りある国富は年金や医療、教育に振り分けて欲しいが、財源や運用の面でシロウト的な失態を見せるのは止めて欲しい」ということだと思います。例えば、成長戦略としての規制緩和とか人材育成などの「攻め」の政策に関してはどうでしょうか? 今回の選挙に関して言えば「自民党支持者の中、みんなの党の支持者の中」にはそうした意見は出てきていると思いますが、民主党を比例の第一党に留めた民意の核にあるのは、一部の海外通やビジネスの勝ち組だけがトクをするようなものであるならば「成長戦略」には積極的になれないという懐疑的な姿勢だと思います。

 従って今回の「ねじれ」に関しては、民主党には「バラマキは困るが、必要なセーフティネットや年金・福祉・教育の拡充策は実務的にしっかり進めて欲しい」というメッセージであり、自民党やみんなの党には「民主党に大きな権力を与えると、実務面の失態や財政赤字の暴走をやりかねないので監視して欲しい」ということだと思います。そう考えると、政策に関しても今回の民意の示すところはかなり明確なように思われます。与野党はそのことを良く理解して「ただでさえ実行可能な政策について選択の幅の狭い」状況下、その実行可能な幅の中で実務的な裏付けのある意志決定をするように動いて欲しいと思うのです。

 世論が権力を抑えにかかったというのは、何も伝統的な「反権力カルチャー」に乗っかって趣味的な判断をしたのではないのです。そこにはもっと明確なメッセージがある、そう受け止めるべきです。そのメッセージを理解するならば、安易な政争に走った場合にどのような「しっぺ返し」を受けるかということにも、自ずと理解が行くのではないでしょうか? その意味で、「ねじれ」政局の中での真剣な政策論争もしないうちから、「一刻も早く解散総選挙を」という声が上がるのは、余りにも安易だと思うのです。まして大連立などというのは、民意が忌避したはずの安定権力を志向することになるわけで、これも邪道でしょう。

 私個人については、在沖米軍の抑止力も、消費税率の漸増と法人税率の漸減も賛成の立場です。ですが、民意に懐疑と分裂がある以上は、与野党が真剣になって政策合意を作りながら、民意との対話を作ってゆく誠実なプロセスが必要だと思います。与党にしても野党にしても、次の選択の際には、民意の選んだ「ねじれ」を誠実に受け止めた者だけが生き残る、そう覚悟するべきだと思います。確かに日本という国は「簡単に決定ができる状況」ではないのは事実です。IMFやG20などから嫌味を言われるのも仕方がないぐらい、決定ができずにいます。ですが、成長のピークを過ぎることで、豊かな暮らしがどんどん奪われるのではという恐怖と怒りを抱いた世論が、権力の委任を最小限に抑えにかかってきた、その主権者の意志を笑うことはできないと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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