コラム

鳩山首相=李大統領連携の功罪

2010年05月26日(水)09時23分

 韓国の哨戒艦沈没事件について、李明博大統領から「北朝鮮の魚雷攻撃」であるという発表がありましたが、鳩山首相は間髪を入れずにこの韓国の立場を支持する声明を出しています。この言動に関しては、アメリカの新聞報道では、基本的に当然の行動として紹介されていますが、余り日本での論評は出ていないようです。ですが、この問題は日韓関係を中心とした東アジア情勢を考えると、色々と慎重に考えるべき点があるようにも思います。

 まずアメリカの報道(例えば24日のニューヨークタイムスなど)では、韓国と日本は
北朝鮮に対して強硬姿勢を取らざるを得ない、それは前提条件として仕方がないが、万が一「押しすぎて」北朝鮮が暴発しないよう政治的に抑え込む役目は中国に期待、というニュアンスから、今週中国で行われた「米中戦略対話」でのヒラリー・クリントン国務長官の外交が重要であるとしています。

 では、日韓が強硬姿勢で連携することは、結果的に米中接近を招き、日本が外される危険を増すことになるでしょうか? また仮にも中国からの「北への説得」を必要とするぐらい、南北の緊張は増大しており、そんな中での鳩山=李の連携は危険なのでしょうか? 要するに、南北対立にコミットすることは、危険を増しつつ米中接近を招くだけのマイナスが多い判断なのかという点が1つあります。

 もう1つは、朝鮮半島有事の危険性に当事者意識を持つことで、沖縄の在日米軍のプレゼンスが「抑止のために必要」という論法で、現在の政治的危機を打開しようという動機が鳩山首相にあるのか? という問題です。遠くから見ている私には、少なくとも日本の政治的な情勢が緊迫している中、日本の世論やジャーナリズムには「朝鮮半島の緊張を理由に辺野古移設を呑ませるような論理」は「取らない」という雰囲気があるようです。その冷静さは正しいと思いますし、仮にも鳩山首相がこれに対抗するように、李大統領との連携にこだわっているとしたら、政争としても低次元であり、何も得るところはないように思うのです。

 そんなわけではあるのですが、この件に関する鳩山首相の即断は正しいと思います。理由は2つあります。1つは、米中対話の結果として、中国は「安保理への提起」に慎重姿勢を示しました。これは中国が今でも北に甘いという見方もできますが、中国まで国連を通じた「公的な制裁」に参加してしまえば、メンツを潰された北朝鮮はコントロール不能になる危険があり、アメリカもこうした中国の出方は計算済みと見るべきです。であるならば、ハードな姿勢は韓国に取らせて、日米がこれを支持し、中国は当面窓口を開けておく、という分担は現実的だと思われます。

 もう1点というのは今、この時期に日韓がほぼ一枚岩のような連携をするというのは、中期的なアジア情勢を考えたときに極めて重要だと思うからです。それは、いつの日か現実のものとなるであろう「統一韓国」と日本がどう共存していくかという命題に関係するからです。

 今回の哨戒艦への攻撃事件により、北朝鮮の体制が崩壊して韓国が統一される可能性はまた一歩進んだと見るべきです。これに、北の世代交代、デノミ失敗による混乱という報道を加えると、全面的ではないにしても全てのエピソードは同じ方向を向いています。一方で、長い間、韓国のとりわけハンナラ党支持の勢力は、北朝鮮を吸収合併するには国力が不足しており、時期尚早であると考えてきました。ですが、この間の韓国の経済的な躍進のために、以前と比較すれば、「債務超過会社」を吸収しても合併後新会社が生き残っていける水準に近づいたという見方もできるのです。

 仮に近い将来「統一韓国」という存在が対馬水道の向こう側に出現するとしたら、日本にとってその国は「最恵国」でなくてはなりません。そうでなくては、日本は安全保障の面でも、「国のかたち=国体」への自他のイメージ維持という面でも、大変な苦境に立つように思うのです。万々が一にも、統一後の韓国が社会的な混乱から政治的求心力を必要として、そのためには日本との戦闘を望むようなことになってはならないのです。

 何故、そのようなことがあってはならないか? それは、アメリカの一部の「地政学者」が主張するように、中韓が連携して日米が対抗するという構図には「なりそうもない」からです。米中は静観に動く可能性があります。その結果として、恐らく1980年代のフォークランド戦争のように、国際社会から「まともな先進国がやることではない」とバカにされるようなことになる、つまり世界に無視され嘲笑されるようになるでしょう。そして、その政治的コストは日本の方が高くつくことになると思うからです。

 そうした観点からは、特に安全保障面での日韓の「ギクシャク」は抑えるだけ抑えるべきだと思うのです。そんなわけで、今回の鳩山=李連携は正しい「一手」だと思います。李大統領の言動にはやや芝居がかったところがあり、北のリアクションも例によって派手な劇画調ですが、そうした表面に見える「危険性」は6割引ぐらいで考えるとして、当面は黙って李大統領を支持するので良いのではないでしょうか? 岡田=クリントンのラインも、その線でブレはないと見て良いと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザの援助拠点・支援隊列ルートで計798人殺害、国

ワールド

米中外相が対面で初会談、「建設的」とルビオ氏 解決

ビジネス

独VW、中国合弁工場閉鎖へ 生産すでに停止=独紙

ビジネス

ECB、ディスインフレ傾向強まれば金融緩和継続を=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 9
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 10
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story